「そうだけど。ここなら貴族院もあるし、貴公子さまとの出会いの宝庫でしょ。無理やりではないわ」

「ふうん……なるほど。それで、西宮殿なのか」

「それに、もしかしたら、王太子さまや、外国の大使さまに見初められるかもしれないでしょう?」

「なんだと?……それはかなり厄介だな」


アルフレッドは小さな声で言うと、なにかを企むような顔つきで顎をさすり始めた。


「アルフ? 厄介って、どういうこと?」


シルディーヌが怪訝そうな顔を向けると、アルフレッドは慌てた様子で元の姿勢に戻る。


「いや、万が一にも、お前が妃になったら、下に付く者が厄介ってことだ。決して深い意味はないぞ」


「とにかく」と言葉を継ぎ、アルフレッドは咳払いをしてシルディーヌに向き直った。


「とりあえず、お前が王宮に来た理由は分かった」

「良かった! やっとスパイじゃないって分かってくれたのね? じゃあそういうことだから。私は西宮殿に行くわ」


ずいぶんタイムロスしてしまったと、いそいそと立ち上がってモップを手にするシルディーヌに、再び待ったがかかった。


「行かないほうがいいぞ」

「どうして? 仕事なのよ? 急がなくちゃ」

「まあ聞け。今さら西宮殿に行っても、『遅い、何をやっていた』と侍従に叱られるぞ。目立って『仕事のできない侍女』もしくは『サボっていた侍女』だと貴族院の連中に印象付く。そうなりゃ、婿探しは難航だな」