いわゆるベッドタウンである地域の自宅最寄り駅はどこにでもあるような大きくもない駅。
数年前に改築されて内装だけは新しいが利用人数と見合っているかと言われれば微妙だ。

「真知」

先に改札を通った兄が少し先で私に手を伸ばした。
陽が落ちかけた夜との狭間の色をバックに私を見る兄の顔は、いつもと変わらないのにどこか陰があって惹き込まれる。

吸い寄せられるように伸ばした手はさっきと同じように指が絡められ、鼓動が速くなるのを感じた。

「お兄ちゃん」
「なに?」
「帰ったら勉強教えて。英語の課題があるの」
「いいよ」

胸の音を誤魔化すように口を開いた。
私ばっかり振り回されるなんてずるい。

「お兄ちゃんてモテるよね」
「…いきなりどうしたの」
「別に。前から知ってたけど、あんな腕とか組んでたし」
「話してただけだよ」

嘘だ。
知ってるんだから。

兄は今までだって女の人と付き合ってた。
私にその痕跡を極力見せないようにはしているけど、彼女たちの自己主張の強さには勝てない。

お兄ちゃんの特別にはなれないくせに。

「誰よりも真知のことを愛してる」
「…知ってるよ」

私だけが特別。
その優越感が私を支えてる。

「真知は」
「え?」
「真知が一番好きなのは誰?」

歩道の赤信号に足を止めると静かに兄は言った。
抑揚のない声で。

くすりと笑みが漏れる。
何百回と繰り返したこのやり取り。

「お兄ちゃんが世界で一番好き」
「愛してないの」
「愛してるよ、お兄ちゃん」

そう言って右側に首を向けると兄も私を見つめている。

これは儀式だ。

お互いにとって存在確認に等しい。
少しだけ口角を上げて兄は笑った。

夕闇に溶けるような視界の中でも、兄の綺麗な顔だけははっきりと見えた。