兄と目が合うとにっこり笑って二人にゆっくりと近付くように歩く。
人の流れを横切るように兄がこっちに歩いてくる。
巻き付くように触れていたその腕が外れるが、兄の後を付いてくるように彼女も歩き出した。
怪訝そうな表情で私を見ている。

「真知。駅で待っててって言ったのに」
「早くお兄ちゃんに会いたかったから。それとも、邪魔したかな?」

いつもと変わらない穏やかな兄の顔を見てその後ろに視線を投げると彼女は居心地が悪そうに目を逸らす。

「妹さんだったんだ、ごめんね。玲くん、またね」

私の視線に気付きながらも兄だけにそう言って手を振ると離れていった。

肩下まである茶色いウェーブがかった髪、いかにも女子大生といった白いブラウスにネイビーのカーディガン、ペールピンクのミニスカート。
正直美人かと聞かれれば「どっちかと言えば可愛い方?」と疑問符を付けたくなる容姿だ。

冷静に分析してからまた兄に視線を戻すと兄もまた眼鏡の奥から私を見ていた。

「前にも大学には来るなって言ったよ」
「どうして?」
「真知は可愛いから危ない。大学なんて飢えた男が多いんだから」

伸ばされた手の甲でするりと頬を撫でられる。
その手の温かさに自然と口元が緩んだ。

「お兄ちゃんが守ってくれるから大丈夫。そうでしょ?」

頬に触れられた手に自分の手を重ねて下ろすとそのまま手を繋いだ。

「当たり前だ。来るなら事前に言って。待たせたりしないから」
「分かった。帰ろう?お兄ちゃん」

そうして手を繋いだまま駅へ向かった。

夕方の電車は帰宅ラッシュ程ではないものの他人との接触なしには乗れない状況だ。

二人で乗り込むと抱き締められるような形になり、そのまま流れに押されて壁際に押し付けられる。

顔を上げると間近に兄の顔があり、少し視線を下げるとその綺麗な首筋が目の前に晒されている。
噛み付いてみたい、と思うと同時に電車が動き出し、その振動で揺れる身体をさらにぎゅっと支えられた。
首筋に見惚れるのは諦めて兄の匂いのする胸に顔を埋める。

そのまま目を閉じたとき、繋がったままの手が一瞬離れたかと思うと一つ一つの指を絡めるように繋ぎ直された。

「っ」

不意打ちのスキンシップに一瞬驚いてしまったのを察したのか、兄は私の旋毛に唇を押し付けるようにちゅ、とキスを落とした。

ずるい。

いつもより密で甘い触れ方に鼓動が速くなる。

分かっている。

これは見知らぬ彼女といたところを見られた私へのご機嫌取りだと。

分かっているのに。

せめて絶対に紅潮した顔を見られないように抱き締められるまま顔を胸に預けていた。