「ただいまー」

玄関に立っても人の気配はない。
ただ、靴を見ると兄だけが在宅であることを示していた。

靴を脱いで階段を2階まで上がり、正面の自室には向かわず折り返して兄の部屋へ向かった。
そのままノックもなしに扉を開ける。

「お兄ちゃん」
「真知、部屋を開けるときは声かけるかノックしないと」

部屋の正面のデスクに向かっていた兄が振り向く。
全く驚く様子もない。

「どうして?急に私に入って来られたら困るの?」

手にした鞄を床に下ろし、そのまま兄が座ったままの椅子に近付いた。
椅子の背に手を置いて手元を覗き込むと振り向いた兄の顔は息が掛かるほど近い。

「びっくりするから」
「してないじゃん」
「してるよ」
「嘘ばっかり。…ねえ、遊んでくれないの」

そう言って兄と対面するように肩に手を置いてくるりと回転する椅子を自分の正面に来るよう動かした。
何も反応しない兄の太ももに向き合って座るように跨がった。
膝上20cmのセーラー服から出た内腿が兄のスキニーパンツを通して素肌の熱を伝えた。
肩に置いた手を首に回して甘えるような視線でその眼鏡の奥の冷たい目を見つめる。

凛とした眉に切れ長の目力のある瞳。
筋の通った鼻。薄めの唇。
どこか彫刻みたいな冷たさのある顔。
薄く笑ったままの読めない表情。

どれもが好きすぎて、触りたい。

そんな思いをそれぞれのパーツに視線を遣って伝えてみる。
そっと顔に手を伸ばして眼鏡に触れようとした瞬間、直前で手首を掴まれた。
思いの外強い力に全く動かせない。

「真知、今は勉強してるから遊べない」

ガラスを通して私を斜め下から覗き込むような形になった目が視線で嗜める。

ああ、この角度好き。

「邪魔?」
「真知が邪魔だと思ったことは一度もない。分かってるくせに」

そんなの当然知ってる。
兄がどれだけ私を大切に思っているか。

知ってるから、焦れったい。

「お兄ちゃん…」

どうして触ってくれないの。

「私のこと好き?」
「もちろん。誰よりも愛してるに決まってる」
「じゃあキスして」
「今日は甘えん坊だな」

小さなため息を落とし、綺麗な首がすっと伸ばされたかと思うと額にちゅっと唇が落とされる。
唇が離れた後、至近距離にある兄の顔に心臓を掴まれるような動悸がしたが、もう少し。

「…唇がいいな」
「兄妹は唇にキスはしない」

兄の節くれだった器用な指が顎にかけられ、私の唇を拭うような仕草で右から左に触れていった。

決して強い口調ではないのに兄の線引きは揺るがない。
いつまで経っても。

鉄壁の微笑みに、戦闘意欲が消え失せた。

「…部屋戻る」
「うん。シワにならないように早く着替えな」

穏やかな兄の声には返事をせず、今日も「LOSE」の文字とコンティニューを選ばなかった時に流れるちゃちな音が頭の中で流れるのを聞きながら部屋を出た。