「おはよー真知。また同じクラスだ」
「おはよ。クラス…何組だっけ?」

靴箱で声を掛けられて振り向くと中学からの友人でよく一緒につるんでいた安藤えりかが苦い顔でため息をついた。
肩に付かない長さのショートカットは中学で陸上部だった頃の名残らしく、出会ったときからその髪型はずっと変わらない。

「ちょっと、もう少し学校生活に興味持ちなよ。3組だって」
「うーん、でもクラス変わったって何が変わるでもないし」
「私はあんたのそういうドライなとこ好きだけど。ほんと、お兄ちゃんのこと以外はどうでもいいって感じね」
「そうかな」

並んで教室へ向かう。廊下の窓から見える中庭の桜は満開を通り越して散り始めていた。

新学期、一際この季節はなぜかいつも騒がしい。
中学の時もそうだった。
クラスが変わるだけで何をそんなに気にすることがあるのか疑問だ。他人が誰に変わろうと自分には関係がないのに。
きっとこういうところがドライだとか言われるんだろう。
だからといって何を改めるわけでもないのに、ずっと私と一緒にいるえりかもけっこう変わってると思う。

教室に入るとまたそこかしこに数人で集まってがやがやと騒々しい雰囲気だった。そのくせ話しながらでも教室に出入りする人間にはちらと一瞬の視線が向けられる。
そんなにクラスメイトが気になるのか。

えりかが知らない女子に話しかけられて離れたので黒板の席次表を確認して自分の席を探す。

ラッキーなことに最後列だった。
しかも窓から二つ目。なかなかの好ポジションだ。

その席まで歩いていくと隣の窓際最後列の当たり席にはすでに生徒がいた。
と言っても机に突っ伏したままで黒髪の男子ということしか分からない。

特に興味も湧かなかったので声もかけずにスクールバッグを机に乗せて椅子に座ると、ガタンという物音で隣の男が身動ぎした。
起こしてしまったようだ。

「起こしてごめん」

そういうと男は一拍遅れて私の方に顔を向けた。
その顔はまだ眠そうで、それも相まってかやたら不機嫌そうに見えた。

「…いや」

実際はそうでもないのか、その声音は思ったより穏やかだった。
欠伸している顔をじっと見つめてみるが去年同じクラスではないし、顔に見覚えはない。
イケメン、というには華やかさが足りないが整った顔立ちをしていた。

「…なに」
「いや、見覚えない顔だと思っただけ」
「…ああ、俺もない」

そのフラットなローテンションに、直感的にどこか兄に似た部分を彷彿とさせた。
顔もタイプも全く違うはずなのに。

「久我原真知。そっちは?」

気だるそうにしながらも邪険にされている様子もない。

「…奥平遊佐」
「おくひら?めんどいからユサでいい?」
「別にいいけど、馴れ馴れしいねあんた」
「じゃあ私も真知でいいよ」
「いや理由になってねぇよ」

やっぱり似てる。
久しぶりに少し楽しい気分になった。
兄の居ない学校なんてつまらないだけだと思っていたけれど。

「いいね、遊佐面白い」
「…言われたことないけど」

完全に目は冴えたのか不機嫌そうな印象はなく、ただ温度の変わらない無表情な横顔を見ていた。

クラスメイトに興味を持つなんて初めてのことだった。