「…ち、真知、起きて」
「ん…」

肩を優しく揺さぶられ、ふわふわして気持ちのいい夢から引っ張られるように現実に覚醒していく。

「真知、また入ってきたの」
「んー…だって、一人だと寒いし」

布団を捲られてまだ鈍い身体を半ば無理やり起こす。
目を擦って開ければ感情の波一つ立たない兄の顔がすぐそこにあった。

吸い込まれそうな瞳。
どこか無機物みたいな綺麗な顔。

いつも通り、何一つ変わらない。

「勝手にベッドに入るなって言ってるのに」
「お兄ちゃんのベッド私のより大きいから」
「理由になってないよ」

咎めるというより穏やかに諭すような声でそう言うとヘッドボードに手を伸ばす。
置いてあった細い銀縁の眼鏡をかけ、クリアになっただろう視界で私を見る兄の目は冷たい、というより温度が見えない。

兄の眼鏡をかける動作が好きだ。
この瞬間が見たくてわざわざ夜中に足音を消して布団に潜り込みに来るくらいに。

事後を彷彿とするようないやらしさがある気がして、ただそれが見たいという好奇心に突き動かされている。

消毒液の匂いがする病室の真っ白いシーツのような無機質な清潔感がある兄の裸眼と眼鏡の間には淫靡な何かが隠れているような気がして、それを暴きたくて仕方ない。

そんな想像を知る由もなく、兄は律儀に布団を綺麗に半分に折り、ベッドから下りるまでじっと観察するように見ていた私を振り返る。

穏やかなのに、その内側を見透かすことは許さないと言われているような、絶対に踏み込めないポーカーフェイス。
その薄いガラスが余計にそう思わせるのか。

一線を引いた内側が知りたくて、その表情が崩れるところを探しては勝負を挑むものの、勝てた試しはない。

「真知、着替えるから出て」
「恥ずかしいの?」
「真知も早く着替えてきな」
「はーい」

いつもと同じようなやり取りを繰り返し、兄の匂いがする部屋を後にした。

一緒に暮らすようになってちょうど10年目の春。

血の繋がらない兄は私にとって特別な存在だ。
出会ったときから変わらない。
私の唯一絶対的な味方。

妹を溺愛する優しい兄と我が儘なお兄ちゃん子の妹。

周囲の目はそう見ている。両親でさえも。

大好きなお兄ちゃん。

間違ってはいない。

ただ

私はいつからかもうそれだけじゃ足りなくなっていた。