私の実の父親はいわゆるDV男だった。

母はよく殴られていたし、暴言も吐かれていた。その内容はあまり覚えていないものの、意味が分からないままでも幼い子供が恐怖を覚えるには十分な罵声だった。

母は私に優しかったけれど、父は私に大して興味はなく、両親はお互いが一番好きなんだな、と子供心に理解していた。
父とはあまり会話した記憶もなければその顔も曖昧だ。

ただ、父が暴れる夜があった次の日は決まって二人はとても仲が良かった。
父は笑顔で母に優しく、母は頬を腫らしながら私には見せたこともないような幸せそうな顔で父を見ていた。
その空間には私は存在しないものと同じで。

そんな二人を見て私は思った。


『私もママみたいにパパに愛されたい』


それは叶わなかったけれど、私には兄ができた。

だからもうパパはいらないと思った。

兄が、特別に私を愛してくれるから。

それなのに。


「真知?」

声を掛けられて現実から離れていたことに気づく。
肩に手を置かれ、兄の綺麗な顔が私を覗き込んでいた。

「お帰りお兄ちゃん」
「うん。父さん宛の荷物だった」
「そっか…あ、そうだ。お兄ちゃんに連絡来てた。ちょっと気になって見ちゃった」
「そう。じゃあ続きやろうか」

スマートフォンを勝手に見たと言っても全く意に介する様子はなく、兄はテキストに目を落とした。

どこまでも私に甘く、優しい兄。
そんな一面だけじゃ足りないなんて、私が欲深すぎるのか。
私はもっと愛して欲しいのに。

「真知?分からない?」
「うん…」

分からない。
どうしたらもっと兄に愛してもらえるのか。

結局血の繋がらない他人だから?
本当の兄妹ならもっと愛してくれたの?

なんて、血の繋がりなんて大した意味はないことは知ってるくせに。

兄も、私のこの空っぽの中身を埋めてはくれないのだろうか。

空中分解する思考に手を止めるとノートの上に置いたままの右手からシャーペンが抜かれ、そのまま手を引かれたかと思うと指先にちゅ、というリップ音と共に唇が落とされた。

満たされない苛立ちのままに後ろを睨みながら振り返ると何度も指先や爪に角度を変えて柔らかい唇が触れる。
まるで壊れ物を扱うかのようにそっと丁寧に。

「今日は機嫌悪いけど…何か気に入らないことがあった?」

その言い方も神経を逆撫でする。

「わざとやってるんでしょ。お兄ちゃんの変態」
「全部真知が可愛いから仕方ない。この指も、爪も、その表情も、真知の全てが愛しいよ」

私が求めるときは何かにつけて受け止めてくれないくせに。
わざと私の機嫌を損ねては酷く優しい愛を囁く。

彫刻のような変わらない美しさで。

兄は、歪んでいる。