「お兄ちゃん、ほんと器用だよね」
「真知よりはね」

反対側の足の爪も綺麗に揃えられ、爪先を触ってみると引っ掛かりもなく整えられている。
兄が爪切りを戻すために離れたのでその間にもう一度靴下を履き直す。

「真知、課題やろうか」
「うん」

スクールバッグを持って兄の後を追う。
階段の上で兄が振り向いた。

「着替えておいで」
「はーい」

一人自室に向かいスカーフを抜いて制服を部屋着に着替える。
勉強を教えてもらうときは大抵兄の部屋だ。机に座らされて兄が後ろから教えてくれる。

鞄から英語のテキストとノート、筆箱を持って兄の部屋を訪れる。
ガチャリと扉を開くと机の上の書籍を重ねていた兄が振り返った。

「おいで、真知」

そのまま向かうと引かれた椅子に座り、机に向き合うようにくるりと回転させられる。

「このページ全部和訳だって」
「じゃあ上から順番にやろうか」

椅子の背と机の端に置かれた手に兄に後ろから覆われているような気になる。
ふわりと後ろから兄の匂いが香るのと相まって、まるで兄の腕の中に包まれているみたいで安心する。

そのまま和訳を進めては詰まったところを丁寧に解説され、順調にノートが埋め尽くされていく。
あと2行、というところで階下からピンポーンとチャイムの音が聞こえた。

「出てくるから、解いてて」
「はーい」

離れた兄が部屋を出ていく。
テキストに視線を戻して訳を頭の中で始めたとき。

ブブブ、と背後から物音がした。
振り向くと、部屋の中央にあるローテーブルの上に置かれた兄のスマートフォンがメッセージアプリのポップアップを表示していた。
ここからだと内容は見られない。

いつもならそのまま無視していた。
でも今日は。

大学を訪れたときの、彼女の姿がフラッシュバックした。

シャーペンを置き、椅子から立ち上がってローテーブルに近付く。

上から画面を覗き込むと差出人は『本田実乃里』。


『怒られるかと思ったけど、送りたくて。』


そんなメッセージが浮かんでいた。

今日の彼女で間違いないと直感的に思って椅子に戻ろうとしたとき、またブブブ、と震えたスマートフォンが新たな受信を示した。


『本田実乃里が写真を送信しました』


ドクン、と心臓が大きく脈打ち、嫌な動悸がした。

一瞬視線を外して迷ったあと、スマートフォンに手を伸ばす。
兄はロックを掛けていない。

トーク画面を開く。

そこに送られていた画像は。


白いシーツに挟まれ、衣服を纏っていない眼鏡を外した状態の兄の寝顔。


ほらね。
彼女たちの自己主張の強さには勝てないって。

心の中で呟く。
口元には笑みが漏れる。

同時に、頭の中で静かにヒビが走る音がした。