銀色の三角形。名も無き国の名も無き女王様が住む大きな建物。私はその入り口にいるの。

大きな銀色。太陽の光を反射しない銀色。何か不思議な銀色の三角形。入り口は大人の人を縦に二人並べた高さで、私が近付くと勝手に開いたの。真ん中に切れ目ができてね、そこから両側に開くんだよ。不思議だよね。

大小様々な四角形の箱が浮いたり沈んだりする広い廊下を進むと、全身銀で作られたような女王様がいるの。宙に浮かぶ椅子に座って何をするわけでもなく、ただ座っているの。
「こんな朝早くにどうしたんだ?環境が変わって眠れなかったのか?私は眠らなくてもいい人間だからその気持ちはよくわからんが、眠れないのはきっと辛かろう。」
「あの家の人はとても親切なの。床で眠っちゃった私をベッドに運んでくれたり。でもあの人はすぐにいろんな事を忘れて、おまけに私を食べようとしたの。もうあそこには行きたくないわ。わがまま言ってごめんなさい。」
ピコンピコン!ウィーン!ガシャン!
「そうかい、それは悪い事をしたな。では違う家を紹介しよう。」
「ねえ、女王様。私はもうおうちに帰れないのかしら。なんだか自分が死人のような気がしてしかたないの。」
女王様は無表情で笑う。
「ははは、何を言うかと思えば。お前が死んでいたら今そこにいるお前は誰じゃ。まさか幽霊とでも申すのか?」
「ううん、違うの。変なこと言ってごめんなさい。ところで女王さまは森の詩を御存知かしら?」
「澪上法曲のことだな。あれは乾いた喉に突き刺さる冷や水みたいなものだ。チェダーチーズに群がる子供避けの歌で、最近は冷蔵庫なんかにもそのメロディが採用されておる。」
「冷蔵庫ってなあに?」
「わからんならそれでよい。とにかくロクでもないものなんだよ。ああ足が痒い。」
ガリガリガリガリと、鉄の削れる音がするわ。
「記憶を探す迷子の少女よ。金貨をやるから少し買い物でもしてきてはいかがかな?朝の市場は活気があっていいぞ。迷子の件はどうせすぐには解決できん。あと新しい家の手配もしなくてはならんからな。ちょっと遊んでこい。」
「まあ嬉しい。ありがとう女王さま。」
私はわくわくしながら金貨を持って朝の街へ出たわ。

川沿いを歩いていくと、大きな広場にたくさんの人が集まっていて、少しだけホッとした気がするの。理由はわからないわ。
そんでね、朝の市場はとっても楽しいの。見たこともない魚や果物、野菜が次々に荷馬車で運ばれてくるんだよ。みんな忙しそうで、まるでゼンマイ仕掛けで動くお城の玩具みたいにチャカチャカと動いているわ。不気味なほどに規則正しく。
私は急に強い日差しを浴びたせいか、なんだか目眩がしてきて、適当に目に入った店の扉を開けたの。
チリンチリンって綺麗な風鈴の音が鳴って、ギィィィと重い木の扉が開くと、そこは雑貨屋さんだったの。木のパズルや人形、石でできた楽器や、何に使うのかもわからない楽しそうな物が賑やかに並べられているの。
「いらっしゃい。君は迷子の子だね?」
しわくちゃのお婆さんが天井からロープで降りてきたの。吊るされてるみたいだわ。
「お婆さん、どうして私が迷子だってわかるの?」
「いいからいいから。こっちおいで。」
お婆さんがクシャクシャに丸めた紙くずのように笑って手招きするから、私はお婆さんの目の前まで移動したの。
「迷子の娘や。わしの顔のシワを迷路のように指でなぞって遊んでみなさい。」
カコン!パッポーパッポー!と変な時計から音がしたわ。朝の7時を知らせる音かしら。
「お婆さん。あなたのシワの迷路は、どこがスタートでどこがゴールなのかわからないわ。だってどこまでも続いてたり繋がってたりして、途切れてる部分がないんだもの。」
「迷路で遊ぼうにも、入口と出口さえわからなかったら、迷路で遊ぶどころじゃないねえ。おかしい話だと思わんかね。だって迷路で迷う前に、入口と出口がわからなくて迷うなんて、本当はもう迷路の中にいるのかもしれないね。君は。」
しばらく沈黙が続いたけど、お婆さんは笑った顔のまま動かなかったわ。まるでゼンマイ仕掛けの人形のゼンマイが止まってしまったように。
「お婆さん。私は迷子だけど、帰る場所もわからないの。それって迷子なのかな。ここにいる理由もわからないの。帰りたいけど帰る場所すら思い出せないの。」
ガチャン!チリンチリン!
お店の中に二人の兵士が入ってきたわ。
「ふわぁ!疲れたな!夜勤は辛いよ!」
私はその二人の兵士を見て本当に驚いたわ。だってあの時、門で顔を刺し合って死んだ二人なんだもの。
兵士二人は私の存在に気付いた瞬間に、またあの剣を交差する姿勢をとったわ。そしてやっぱりまた顔を刺し合って死んでしまったの。
「門の方で兵士二人が殺されたぞー!」
お店の外から声が聞こえてきたわ。まるであの時と同じ。ただ違うのは門番の兵士二人が門じゃなくてここにいるということかしら。
「この町は不思議なことがたくさん起こるんだよ。まるで狂った時計のように。不思議だねえ。みんな何か繋がってるような。不思議だねえ。」
店の外へ出ると、兵士四人が何もない空間を運んでいる姿が見えたわ。
「悪い魔女を捕らえたぞ!女王様へ報告だ!」
兵士四人は昨日と同じように、何かを掴んで女王様のところへ走っていったの。ただ私はここにいる。ゼンマイ仕掛けの玩具が誤作動を起こしたみたいで気味が悪いの。やっぱりこの町は変だわ。まるで私がくることを予想して作られたみたいじゃない。
私は女王様のところまで走った。川沿いを走り抜け、両側に開く変な扉をくぐり抜け、広い廊下を進んだ先にある女王様の部屋に私は到着したの。
そこには昨日と同じ兵士四人が女王に謝って、それから昨日と同じく地下へ落ちていくの。銀色の女王様は昨日の私がいた場所と話をしているわ。もちろんそこには誰もいないのに。