「ここのパンケーキ美味しいんだよ」

零(零、でいいのかな)は人気の少ない小洒落たカフェに連れて来てくれた。

私は時間つぶしのつもりで零に着いて来た。

席に座って、取り敢えずパンケーキをお互い頼み、無言のまま運ばれてきた水を飲む。

私が机にコップを置いたのを見て、零は口を開いた。

「遥、家出してここに来たって言ってたよね?」

死のうと思って、道路に飛び出したのに目覚めたら何故か知らない場所にいた、なんて言いたくなかった。

「うん。言った」

そう言うと零はふわっと柔らかく笑った。

「僕の知り合いが住み込みで働いてくれる人を探しているんだ。

もし、まだ家に帰りたくないなら、どうかな?」

私は、ここでパンケーキでも何でも食べて、零が気遣って家まで送ってくれると思った。

家出した、なんて冗談みたいな感じで流すと思った。

でも違った。

久しぶりに感じた優しさに胸がギュッとなる。

あぁ、呼吸がしやすい。

零と居ると、汚れたどろどろの空気が澄んだ空気に変わるような感じがする。

ゲームセンターの中と自然豊かな場所の違いみたいな。

うまく言えないけど、そんな感じ。

「私、そこで働く」

「じゃあ決定だね。

携帯番号、聞いてもいい?」

零が取り出した携帯には、見覚えのあるストラップが付いていた。

卵形の、色むらのある群青色で下の方にかけてオレンジ色にグラデーションになっている。よく見ると中には小さな気泡が入っている。

宇宙のような、日が沈みかけている夕焼けのような。

日の光でキラッと光る。

「これ、大切な人からもらった大切なものなんだ」

そう言って、零は指でストラップを突いた。