“カナ”と耳元で囁かないで。


それを許すのはアイツだけ……


あたしの名前をこんな距離で呼んでいいのはアイツだけなんだ。


機嫌をよくした浅葱はお店を出て行った。


見送る背中に思い切りどついてやりたい。


でも、あれはあたしの大切な札束だから……


「店長。あたし、明日から他のお客様にも付けてください」


「浅葱さんは大丈夫なのか?」


浅葱は一応太客の部類に入っているから、店長は浅葱のご機嫌を損ねないかが心配なのだろう。



「説得しました」


「わかった。明日からは忙しくなるぞ」


「はい」


忙しいほうがいい。


どんな客についていたかも忘れてしまうくらいに、慌しく一日が終わって欲しい。


着ていたドレスをロッカーに戻しながら、心の中では雨が降り続いていた。


いつ晴れるのかわからない雨が永遠に……。