柔らかいその声で彼はそう言った。
私は拭っていた手をどけて、彼を見る。
逆光で見えない顔。
差し出されたハンカチを受け取ると、すぐにイヤホンをつけて電車に乗ってしまった。
私は彼が同じクラスの馬場くんだって今は気付かない。
でも、どうしてあの日同じ電車に乗らなかったのかと今は後悔している。
***
「関野(せきの)ひかり」
フルネームで呼ばれた自分の名前に顔を上げた。
そこには学級委員長の秦野純平(はたのじゅんぺい)が立っていた。
いつの間にか寝ていた私はうーんと背筋を伸ばした。
あれからまた1年が経とうとしているのに、ハンカチはまだカバンの中。
彼が馬場大翔(ばばひろと)であることと、同じ学校だということはわかったのに見つけられない。
いや、見つけたけれど後ろ姿しか見れなくて話しかけることも出来ない。