「良輔!大丈夫だから。大丈夫。俺がいるよ、晴一が近くにいるよ。落ち着いて呼吸なー。吸って、吐いて。そう!そう!」
「ハァハァハァ…あり、がと、ハル、は、やさし、いね…、、ヒュ、ヒュ、あ、、この…香り…父さん、かあ、さん…ハァハァハァハァ…カヒュ、カヒュ…。」
「良輔…?返事しろよ、良輔!…くそ、気ぃ失ったか…ごめんな、良輔。病院、今ついたから!」
救急車よりも車の方が早いと思って事前に病院に電話しており、病院に着くと ストレッチャーを用意した看護師と医師が数人立って、待機していた。
「お待ちしておりました!患者さんのお名前と、血液型、それと今の状況をお知らせ願います!」
「はい。名前は佐伯良輔です。血液型はA型、持病で喘息を持っています。過去の出来事をフラッシュバックしてしまって、、、過呼吸を起こしています。昼間にも一度過呼吸になりました。よ、よろしく、お願いします…!」
「分かりました!ここでしばらくお待ち下さい!」
「はい、、。」
良輔が運ばれていく姿を、俺は眺めることしか、できなかった。
ポロシャツの胸元を、左手でギュッと握りしめて。目を固く瞑って。荒い呼吸を繰り返している。うわ言で「と、うさん、かあ、さん、、俺、俺は…」と繰り返している。
こんなに苦しそうな良輔はいつぶりだろう。
一度だけ、あったな。
あれは、良輔が高校に上がって一人暮らしを始めてから半年くらい、経ったころかな。
秋のはじめ。
良輔から電話きて、風邪ひいたって。そんとき、頼ってくれて、電話してくれて。すげー嬉しかった。
アパートまですっ飛んでって、必死に看病した。熱でうなされてて、うわ言で「父さん、母さん」って言ってる良輔を見るのが辛くて、俺はあのとき目をそらした。
うなされながら苦しんでる良輔を見て、自分も苦しかったんだ。いや、勝手に苦しいと思い込んでた。
今、治療室と廊下を隔てる壁。
この壁が、俺と良輔の間の壁なのかな。
電話して頼ってくれたこと。
風邪が治って、無理に笑顔を浮かべて、俺に 大丈夫、ありがと って言ったこと。
車に乗ったとき、芳香剤に気づいたのに言わなかったこと。
今、苦しんでること。
色んな思いが俺の中を駆け巡る。
俺は、佐伯良輔という男に対して、宮野晴一として何をしてやれた?どんな話を聞いた?どんな喧嘩をした?どんな、どんな、どんな…
考えが浮かぶたび、思いを巡らせるたび、目の前にあるのは「壁」。
治療室と廊下を隔てる壁。
本音を言ってくれなかった壁。
苦しんでないよ、って嘘つく良輔との壁。
壁がどんどん、ドミノのように。俺と良輔の間を埋め尽くして、引き離していく。
病院の椅子に腰掛けて、膝の上に肘を乗せて。拳を握りしめる。
「ハァ、ハァ、フゥー。フゥー。ハッ、ハッ、ハッ、、、だめだ、俺が、、強く、ならな、きゃ、」
良輔のために、何もしてやれてない俺には、今後何ができる?どんなアクションを…!
そう思っているうち、良輔との壁に押しつぶされそうになる。
壁に押しつぶされるのは、夢か現実か。
段々と呼吸が苦しくなってきた。
良輔の苦しみはこんなものとは比べものにならない、俺が強くならなきゃって思えば思うほど、呼吸は苦しくなる一方だ。
「宮野さ〜ん、佐伯さんのご両親の連絡先は…!宮野さん!」
過呼吸を起こしかかっている俺に、看護師が近づいてきた。
「宮野さん、大丈夫ですからね。ご自分を責めないで下さい。佐伯さんは落ち着いてきましたから。ゆっくり呼吸しましょうね、吸って、吐いて、吸って、吐いて。少し多めに息を吐くといいかもしれません!ね?どうですか?」
「ハァハァハァハァハァ…。ヒュ、ヒュ、ハァーー、ヒュ、スゥーー、う、うぁ、ハァ、ハァーー、、スゥ、ハァ、スゥ…ふぅ…。すみ、ません。だいぶ落ち着いて、きました。すみません。」
「いえいえ!大丈夫ですからね!宮野さん、お疲れでしょうし、こちらのベッドに横になられますか?」
「あ、いえ…。この椅子で、大丈夫です。」
「分かりました。では、無理なさらない程度でいいので、質問に少々お答えしていただいても?」
「ええ、構いません。」
「ありがとうございます。佐伯さんのご両親に連絡を取りたいのですが連絡先または親族の方の連絡先、ご存知ないですか?」
「あぁ、良輔は…小学生の頃、両親を事故で亡くしています。今回の過呼吸も、その事故を思い出すようなことが重なって…それで」
「分かりました。身寄りはいらっしゃらないんですね。
過呼吸の原因がトラウマなら、それについて詳しくお話ししていただけますか?
治療方針になにか手がかり等あればと思いまして。」
それから晴一は、看護師に良輔の過去を全て話した。
良輔の過去や、自分との関係を一通り看護師に話したあと、良輔の治療をした医師の木村先生に呼ばれた。
「どうぞ、お座りください。これから佐伯良輔さんの治療方針をお話ししたいと思います。」
「そうですか。分かりました。宮野晴一と申します。私にできることがあれば、何でも言ってください。」
「宮野さん、そんなに気負いせず、一緒に頑張っていきましょう。宮野さんもさっき大変だったと、看護師から聞きましたよ。
心因性の過呼吸発作の治療は、一番身近な人も苦しんでしまう場合が多いです。
一緒に、ゆっくりと、ね。」
「あ…はい。すみません、なんか。俺までお世話になってしまって」
「いいんですよ。それでは、詳しくお話しします。」
_______________1時間後
「分かりました。じゃあ入院とかは無しで帰っていいんですね。良輔にもそう伝えておきます。
ありがとうございます。これから、よろしくお願いいたします。」
「はい。今日のところは帰って頂いて構いませんよ。
佐伯さんとこまめに連絡して頂いたり、普段通り話しかけたり、ご飯を食べに行ったり、今まで通り過ごして頂いて構いません。
ですが、最後にもう一度確認します。
佐伯さんが過呼吸発作を引き起こす原因としては、雨と、車の中の芳香剤、それとご両親の話、事故などの衝撃音。
これらには注意してください。
大学も同じようですので、あまり心配はしていませんがね。
こちらの方も、いつでも受け入れ態勢は整っていますから、ご心配なく。
これから長い付き合いになると思いますから、緊急時は先程お教えした、私の携帯に電話をお願いします。では、お気をつけて。」
「はい。何から何まで、ありがとうございます…!
木村先生、これからもどうぞ、よろしくお願いします。」
木村先生に挨拶して、良輔が待っている部屋に向かった。
病室まで迎えに行くと、良輔は椅子に座っていた。
「良輔、もう大丈夫なんか?」
「あぁ、大丈夫。ありがとな。」
「じゃ、帰るとすっか!」
あ、車の中の香り、気をつけてって言われたんだった。
「…。良輔。覚えてないかも分からんけど、俺ら タクシーで来たんよ。だからタクシー呼ばなきゃな。」
とっさに、ウソが出た。
世の中にはついていい嘘と ついちゃいけない嘘があるって、じいちゃんが昔言ってたっけ。
今のは…ついていい嘘だよな。
「そか。タクシー代、帰りは俺が払うな。」
「ん。」
タクシーに乗り込んで、場所を指定する。
乗り込んだはいいけど、なんだ、この、沈黙。
良輔、俺に気遣ってるのか?
いろいろ考えてるうちに、アパートに着いた。
俺も良輔も、なんだかんだ言って疲れたんだろう。
2人とも寝てしまって、運転手さんに起こしてもらった。
「お二人さん、着きましたよ〜、あなた達病院から乗って来たし、どっか悪いんかもわからんけど、無理はせんようにな。人生色々あるけんな。ほんなら、ありがとね〜」
運ちゃんの言葉は、長く生きてきて培った、栄養度のある、そんな言葉だった。
俺と良輔の胸にまっすぐ刺さってきた。
お礼を言って、降りた。
「ハル、なんか俺、意地張っててさ。ごめんな。今日はありがと。」
「え…?」
「俺のさ、事故のこととか、父さん母さんの事とか、知ってるのはハルだけだし、もちろん大学の友達にも、少しくらいは言ってある。
けど、今日久しぶりにあんなことになってさ。
ハルも驚いたかもしれないけど、俺も驚いたし、悲しくなった。
まだ、忘れられないんかって。
忘れたつもりでも、脳とか心は憶えてる。
だからあんな風に、なっちゃうんだ。
息が苦しい時、ハルの声聞くとすごい落ち着いた。
けど、俺はこれからハルがいなくても、大丈夫なようにならなきゃいけない。
そうやって、考えたらまた苦しいんだ。
だからさ、ハル。
まだ、頼っても、いい?」
「良輔…。
いいに決まってる。
良輔の昔のことは、忘れちゃいけないことだよ。
忘れたいって思ってても、体が反応するのは、忘れちゃいけない証拠だと思う。
だって、事故のこと、忘れたらお父さんとお母さんのこともどんどん忘れていくんだ。
あの事故の記憶は、良輔の中に留めておくべきだ。
もし留めてることに抵抗を感じたり、苦しくなったり、今日みたいになったりしたら、
遠慮なく俺を頼れ。
許可なんていらない。な。」
「ん。」
良輔の「ん。」には、ありがとうとか、入ってたんだろうか。
分からないけど、俺が勝手に想像してるだけだけど、
俺らには「ん。」で伝え合える、通じ合える、何かがある。
それがある限り、俺らは大丈夫。
今日は良輔も大変だったし、俺も心配だから今日は良輔に、俺の部屋に泊まってもらうことにした。時間も遅かったから、すぐ寝た。
4月は、良輔の事故のこととか 親御さんのこととか。
色々大変だったけど、あれから大きな問題とか 良輔の不調とかは無く、無事に五月を迎えた。
俺はというと、5月に入ってからずーっと、頭がいたいし耳鳴りもする。
体もずーんと重いし、怠い。
良輔には言ってないけど、気づかれてるのかな?
今日だって、朝起きて顔洗って 自分の顔を見たらびっくりだった。
クマがすごいし、なんだかやつれたような気もする。
怖くて体重計には乗れないけど。
朝飯だって食う気にならず、ボーッと朝番組を見ていると、
ピンポーン
良輔が来て、一緒に大学へ。
最近はそんな感じだ。
「おはよ。」
「おはよ、ハル。元気か?」
「ん。まあまあだな。」
嘘じゃない。まあまあなのだから。
少し悪い方の、まあまあだけど。
今日は良輔は授業が遅くまであるって言ってたし、俺は早く終わるから
コッソリ病院でも行って、薬もらってくるか。
病院で出された薬飲んどけば 元気になるっしょ。
甘い考えをしながら、大学までの道を歩く。
不調を良輔に隠しながら、なんとか大学へたどり着いた。
いつもは歩いて10分くらいで着くのに、今日は20分もかかった。
良輔はいつもより口数が少なくて、歩くのが遅い俺のことは 何も触れてこなかった。
3限目。俺は履修の関係で今日は3限で帰れる日だ。
帰り際、良輔が友達と一緒に笑いあってる姿が見えた。
よかった、大丈夫そうだな。
おし、気合い入れて病院行ってくるか!
______病院は、ヨボヨボのじいさんがやってる個人病院だ。
俺、でかい病院ニガテ。薬の匂いするし、なんか病人感が増す気がする。
だから大学入ってからはこの「立花医院」に行くんだ。
大学から歩き始めて15分。もうちょっとであのじいさんのところに着く。
頭がガンガン、ズキズキ。
キューーーっと誰かに締め付けられてるような、こめかみをグリグリされてるような。
そんな痛み。
うーー。いてぇ。辿り着けんのか?俺。
いや、頑張れ俺。良輔にバレる前に処理しよう。自分のことは自分でやるって、あの時決めたもんな。
そんなことを思いながら再び歩き始めた。
【ハルサイド】
痛みをこらえながら立花医院にやってきた。
今すぐにでもぶっ倒れそうだ。
受付をして問診票を書く。
いや、書けない。
視界がグニャグニャして質問がぜんぜん…読みとれない。
まあいいや。もういいや。どうでもいいや。
一向に引く気配がない 頭の痛みを抱えながら、俺は待合室の長椅子で眠りについた。
-----------------------
【良輔サイド】
友達とワイワイしたの、久しぶりだったな〜。楽しかったわ!
さて、帰るとしますか。
一応LINE・メール・電話が来てないか携帯をチェック。
……あれ?
いつもハルから何かしら来てるのに、今日は何も来てない。
いや、まあ、ハルも最近レポート大変そうだったし。家に帰れば隣にいるし。
…ちょっと寂しいけど。
「帰るか!」
夕暮れの空に1人でそう呟き、帰路についた。
…アパートに着いたけど、ハルの部屋の電気が点いてない。
なんでだ。考えろ俺。今日は講義が半日で終わるから帰りはお昼、なおかつバイトもないから超ラッキーって言ってた…。
なんでいないんだよ!?
あれ…??最近のハル、顔色悪かった。今日も歩くのすごいゆっくりで、話も弾まなかった。
もしかして…立花先生のとこ行ってんじゃないだろうな…!?
__________俺は立花医院に向かって走り出した。
-------------------------
【ハルサイド】
「ん…。」
「お、目が覚めたかね〜。よかったよかった。村井さん、点滴外してあげて。」
おわっ!?立花の爺さんの顔がなんでこんな近くに…!?
…?あれ?俺…頭痛くて、大学から直で立花医院来て、そんで…
…思い出せない。
自分の記憶と戦っていると、村井と呼ばれた看護師が俺のもとに来た。
「宮野さん、お目覚めになってよかったです。点滴外しますね〜。」
「あ、はい。お願いします。
あの、俺…今の状況全く飲み込めてないんですけど、説明してもらってもいいですか?
大学から立花医院まで歩いて来たのは覚えてるんですけど…。」
「そうですよねぇ。大変でしたからねぇ。
待合で待ってらっしゃると思って、お呼びしたんです。そうしたらものすごく深い眠りに就いてらっしゃって。
時々顔をしかめて苦しそうでした。
問診票にはぐにゃぐにゃの文字で"あたま"って書いてあったので、頭痛かと。
すぐに立花先生に診察していただきました。」
「あぁ、そうだったんですか…。
頭がすごく痛くて、問診票の文字がグニャグニャして見えなくて。
もういいやって思って…。
ん…?あれ!?今何時ですか!?」
「え〜っと…。20:30ですよ。
閉院時間になってもお目覚めにならないので、立花先生が寝かせておいてやれって。」
「俺…何時に来ましたか…?」
恐る恐る聞く。
「14:00ぴったしでしたよ。」
終わった…。
明日までのレポートが2つあるから、午後はさっさと薬を貰って1時間くらい寝てレポート仕上げようと思ってたのに。
今20:30ってことは、明日になるまであと3時間半しかない。
無理だ。
絶望のうちに苛まれていると…。
ドンドンドン!ドンドンドン!
扉を叩く音がする。
「あの!ハル、いや…宮野晴一はいますか!?宮野晴一は!いますか!?」
え?良輔?
---------------------
【良輔サイド】
全力で立花医院まで走る。
喘息持ちだけど、そんなの関係ない。
発作が起きない程度に全力で、ハルのもとに向かう。
立花医院に着いた。
やっぱり。まだ電気ついてる。
自分でも信じられないくらいの力で、扉を叩く。
すると、看護師がドアを開けてくれた。
「あのっ!宮野晴一という男はこちらに来てますか!?」
「まあまあ、落ち着いてください。ゆっくり深呼吸して下さい。いらっしゃってますよ。こちらへ。」
よかった…。
いや、良くない!俺に体調不良を隠してここまで1人で来たなんて!
看護師に通されて、奥の部屋に入ると、そこにはベッドに寝ているハルがいた。
目は開いていて、おじいちゃん先生と笑いながら話してる。
「ハル!」
「あぁ、ごめんな。心配かけたな。ハハハ。」
そう言って、まだ顔色の悪いハルは俺に笑ってみせた。
「なんだよ、笑うなよ。なんでここにいるんだよ!」
「おいおい、落ち着けって。良輔。今からこの立花先生が説明してくれるっていうから、お前も一緒に聞くか?はは。」
「…。ごめん。分かった。聞くよ。」
「そろそろいいかのぉ?話すぞい。」
「「お願いします。」」
「まず、今回晴一君がここに来た理由として、頭痛があったという事じゃ。
来た時には顔面蒼白で、問診票も書けない程じゃった。
とは言っても、一応順番というものがあるからの。
彼の順番になるまでワシらも気をつけて見ていたよ。
彼の順番になって、呼んだんじゃ。
しかし呼んでも呼んでも、晴一くんは診察室に入ってこない。
村井さんとワシは、待合室まで見に行ったんじゃ。
そうしたら晴一くんは、来た時よりも更に顔色が悪くなっておって、脂汗かいてうなされておったわ。
2人でよいしょよいしょと運んで、点滴を打って様子を見ておったんじゃ。
まあ、症状と状況からして、偏頭痛じゃろう。
これは付き合っていくのが大変な病気でな。
晴一くん、ここの所ずっと頭が痛かったんじゃないのかい?」
「え…?どうしてそれを…」
「さっきも言ったように、君の頭痛の原因は偏頭痛という病気じゃ。
この病気の特徴は、気圧が下がる、つまり雨が近付いたり、台風が来たり、まさに今の梅雨の時期になると、こめかみをグリグリされているような、そんな頭痛じゃ。」
「そうだったのか…。」
「じゃあ先生!ハルは雨の日や台風の日ましてや梅雨の時期はずっと頭痛に耐えなくちゃいけないんですか!?」
「ハハ、良輔くん、落ち着きなさい。
大丈夫。薬があるから、本当に痛い時は薬を飲んだり、体を温めたりするといいよ。」
「そうですか…。良かった。ハル、良かったな!」
「なんで俺より心配してんだよ、笑
俺なら大丈夫。むしろお前のことの方が心配だ。」
「なっ!?俺はハルを心配して!」
「まあまあ、2人とも落ち着きなさい。
晴一くん、薬を出しておくから、受け取って帰るように。
薬が終わったり、効かない時は医院に来ること。
分かったね??」
「はい、分かりました。ありがとうございました!」
ハルを支えながら、2人で帰路についた。
途中、ハルがフラっとする事があったし、今日の夜からまた降り始めそうだから、俺の部屋に泊めることにした。
【ハルサイド】
良輔に支えてもらいながらようやく家に着いた。
途中でまた頭が痛くなってきたけど、どうしても良輔には言い出せなかった。
なぜなら、今日の夜は雨が降るから。
雨が降ったら、良輔は事故のこと思い出して過呼吸を起こすかもしれない。
パニックになるかもしれない。
その時は俺が木村先生の所まで連れていかなきゃならない。
雨なんかで、頭痛なんかで、くたばってる場合じゃない。
気を奮い立たせて、なんとか部屋に着いた。
今日は良輔がどうしても良輔の部屋に泊まれって言うから、泊まることにした。
俺のこと心配してくれたんだな。ありがと。
俺も良輔のところ見れるから一安心だ。
-----------------
【良輔サイド】
帰り道だけでも大分辛そうだな、ハル。
時々俺の方にフラっと寄りかかってくる。
なんか体も熱いような気がするし。
「ハル、今日は俺の部屋に泊まってね」
俺に出来る唯一のこと、それは一晩のあいだハルを見守って看病すること。
体調崩してる時は1人だと寂しいからな。
と、
家に着いた。
「ハル、家着いたぞー。靴脱げるか?」
「ん。さんきゅ。」
ハルは自分で靴を脱ぎ始めた。
結構キツイと思うのに、無理してるんだな。
けど、ハルが頑張るなら、俺は何も言わない。
無茶してたら、その時は俺が手伝いに入るか、支えに徹する。
ずっと前から思ってたことだ。
俺も靴を脱いで、2人で俺の寝室に向かう。
ベッドを目の前にした瞬間、ハルの体の力が抜けた。
フラっ
「ハル!!」
「ハァハァハァ、ごめん、ハハハ。力、抜けちまってよぉ」
「無理すんなって!ほら、俺にもっと寄りかかっていいから!
ベッドに下ろすぞ。」
「ん。」
布団をかけてやると、ハルがフゥーーっと熱い息を吐き出した。
熱い体で頭痛も我慢して歩いてきたんだ。
流石に疲れたんだろう。
熱がありそうだから、体温計…。
あ…
俺、体温計持ってない…どうしよ…
「ハル、ごめん。ハルさ、熱あるから、測った方がいいんだけど、俺んち、体温計無いんだわ。ごめん。ハルの家の、借りていい?」
「ん…。ハァハァハァハァ…俺ん、ち、の、体温計も…いま…こわれ、てて…。」
「そっかぁ。じゃあ、買ってくるか。
ハル、体温計買いに行ってくるから、大人しく寝とけな!」
「ハァハァハァハァ…ん。」
---------------------
【ハルサイド】
大人しく寝とけって…言われなくても寝るわ…
いっつ…。頭痛い…
薬、飲むかぁ。
いや、でも立花のじいちゃんは相当痛い時って言ってたな。
初めてだし良くわかんねーけど、この痛みが“相当”に値するのか?
すげー痛いけど、これ以上の痛みが今後来るかもな…
そう思って、痛みをこらえながら、薬は飲まず眠りについた。
……と。
痛くて痛くて眠れない。
さっきから、頭が痛すぎて吐き気もする。
「う"っ…ハァハァハァハァ、、、はき、そ…いっつ…あたまも、、いてぇ…」
良輔が居なくなった部屋に、俺の声だけが寂しく響く。
やっぱり薬飲もう。
そう思って、ベッドから立ち、寝室の扉に手をかける。
グニャリ
視界が歪みに歪んで…うわ…気持ち悪…
立っていられなくなって、ドアに倒れ込むようにして廊下に寝転んでしまった。
廊下はヒンヤリしててかなり気持ちがいい。
(このままここで寝るのも…アリ)
なんて思いながら、立ったことによってぶり返してきた痛みを緩和させるように、廊下で眠りについた。
----------------------
【良輔サイド】
ハル、大丈夫かな。
そろそろ家に着くけど、走ってきたから喘息らしき兆候が。
「ヒュー、ヒュー、ヒュー、」
俺の喉が、気管が、ヒューヒュー悲鳴をあげている。
でも、そんなの気にしない。
家で待ってるハルのために、俺は急がないと。
再び走り始めた俺に、空から何かが当たった。
___雨だ。
一気に呼吸が苦しくなってくる。
「ヒュ、ヒュッ、ヒュッ、ハァ、ハァ、ハァ…う、だめだ、大丈夫、大丈夫、」
自分に言い聞かせる。
自己のことなんてもう忘れろ。父さんと母さんのことだけ、忘れなければいい。
ハルがそう言ってたじゃん。
大丈夫、大丈夫。
「ハァハァ…フゥ、フゥー、スゥー、フゥー」
よっし。落ち着いてきた。
最近は自分でもコントロールできる日が何日かある。
もちろん、過呼吸の発作を起こしてることはハルには内緒だけど。
余計に心配かけちゃうし、今日みたいにハルが体調崩してても、ハルは自分のことより俺のこと優先しちゃうから。
色々考えながら走ってるうちに、家に着いた。
カチャリ、扉を開けて靴を脱い…
!?!?
廊下にハルが倒れてる。
急いで廊下の電気を点けると、俺が買い物に出る前よりも顔色の悪いハルが、右手で口元を抑えながら、廊下で苦しそうに肩で呼吸をしている。
「ハル!!」
ハルに近寄って、額に手を当てる。
ものすごい熱。計らなくても分かる。
とりあえず、ベッドに移動させないと。
「ハル、起こすよ、ベッドに戻ろ。」
「ハァハァハァハァ…だめ…うっ…吐き、そ…」
「吐きそう?そっか、じゃあトイレ向かうぞ。」
そうか、トイレに行こうとしてベッドから出たら倒れたのか。
1人で勝手に納得する。
トイレに着くがいなや、ハルは便器に向かってゲーゲー吐き始めた。
しばらくして、
「良輔、もう、大丈夫。ありがとな。
自分で、部屋、ハァハァ、戻れるから、お前、も、休め。」
何、何、何、俺のことなんか心配してんだよ…!
ハルのあまりの優しさに、涙がこみ上げる。
グッとこらえて、素直にリビングに行き、ソファに座った。
ハルが決めたことは応援する。そう決めたから。
しかも、ハル、意外と頑固だしな。(笑)
とは言っても心配だから30分くらいしたら様子見に行こう。
今の時間は…23:50か。
俺はまだ起きていられる時間だ。
明日1日休講だし。
ハルは明日大学休ませよう。
--------------------
【ハルサイド】
頭の痛みで目が覚めた。
ベッド脇の時計を見る。
朝方の4:00ぴったしだ。
「フゥ…」
額に手を置いて、ため息を一つ。
すると、良輔がタオルと水の入った洗面器を持ってきた。
「お!起きたか!」
「おう…。良輔、しっかり寝たか?」
「俺の心配はしなくていいの。さっき仮眠とったから。」
「そっか…」
「体、汗で気持ち悪いだろ?上半身だけでも拭いてやろうと思ってさ」
「ありがとな」
この会話をして間にも、俺の頭は悲鳴をあげてる。
ズキズキズキズキ…
良輔が体を拭き始めてくれた。
ちょっとして、
今までにない痛みの波が来た。
「いっ…!!」
痛い、その言葉さえも言えなかった。
左側のこめかみの辺りを手で抑える。
呼吸が乱れてくる。
「ハァハァハァハァ…いっ…ハァハァ、」
だめだ。薬、持ってきてもらおう。
「りょう、す、け、」
「薬だな!分かった!待ってろ!」
「ん…。」
-----------------------
【良輔サイド】
ハルの体を拭いていると、ハルが突然頭を抑えて痛がりだした。
この痛み方は尋常じゃないんだろうな。
すると、
「りょう、すけ、」
薬だ。
すぐに分かった。
俺は薬を取りに行き、ハルのもとに戻ってきた。
薬を飲ませて、体を横にさせる。
しばらくすると、薬が効いてきたみたいで、ハルはぐっすり眠り始めた。
良かった。俺も寝るとするか。
あ…。もう6時。このまま起きてるか。
こうして、ハルと俺の長い夜が終わった。