第七話 ハプニングの金曜日

「彩葉!!久しぶり〜!!!!」

学校に着いた彩葉は、猛ダッシュで突進してきたみずきに抱きしめられた

「ちょ、みずき!痛い痛い…」

ぎゅぅぅぅぅぅぅと抱きしめられた彩葉は、みずきの身体が小さく震えていたのに気づく

「みずき…?」

「良かった…もう、彩葉に会えないと思ってたからぁ…!」

先日の騒動があって以降、SNSでみずきとは毎日話していたが…

直接会うのは、とても久しぶりだった

「…ただいま、みずき」

彩葉が優しく抱きしめ返すと、みずきは泣きじゃくった

「お、おか…おかえ…り…」

子供のように泣きじゃくるみずきの頭を撫でながら、彩葉は奥から出てきた他の部員の姿を見た

「部長!それに、先輩方も…!」

「久しぶりだな、黒崎。
新入部員達もみんなお前に会いたがってた
相川が落ち着いたら部室に入ってこい」

movie部の部長兼、生徒会長を務める三年生の水森湊人(みずもり みなと)が優しく笑う

「く、黒崎さん〜!
私達、ずっと待ってました…!」

同じく三年生の日向加奈子(ひゆうが かなこ)が湊人の後ろからひょこっと顔を出す

「黒崎さんに、衣装のアドバイスを直接聞きたくて…!」

「SNSじゃ、分かりにくいもんな〜
日向の衣装担当への熱は本物だな!」

裏方担当の平野陵介が笑いながら部室から出てきた

「みんな…ありがとうございます!」

思わず泣きそうになる彩葉

こんなに待っていてくれた人たちがいた事が、素直に嬉しかった


「…おぉ!黒崎じゃないか!久しぶりだなぁ!」

三島がいつもの調子で彩葉の背中を勢いよくバンバン叩くと、みずきのドロップキックが命中

「ほんっとに…また彩葉が来れなくなっちゃったらどうするんですか!」

「す、すまんすまん!
…それじゃあ全員揃った事だし、早速練習始めるぞ!」

三島の大きな声に、部室内で待機していたほかの部員も歓声をあげた


ーその頃の翔は、舞台最終日ということでいつも以上に緊張していた

「…」

「…る、翔!」

はっとして声のする方を振り向くと、氷山が苦笑いしていた

「…緊張しているのか?」

「ま、まあ…」

「以前のお前には考えられないくらい、熱心に練習していたらしいな」

黒崎監督から連絡があったと笑う

「今日がどう転んでも最後だ。
精いっぱい、演じてこい」

「最後のリハーサル、行ってきます!」

踵を返し、キャストたちが待つ舞台へと翔は向かった


「…いやぁ、楽しみだなぁ」

タクシーに乗っていた仁と三島。

「まさかあなたから観劇に誘われるとは思いませんでしたよ…
香月くんがお気に入りなようで?」

「ははは。お気に入り、か
確かにそうかもしれないなぁ」

日に日に輝く演技を見せる翔の成長を間近で見ていた仁。
その最終公演という事もあり、観劇に来ていた

「…して、彩葉の方はどうですか。先生」

「いやぁ…本当、大したもんですよ。
女子高生とは思えないほど豊かな発想力、それでいて周りの個性を生かした役の立案、配役…
流石、黒崎監督の孫娘って感じですよ」

そんな話をしているうちに、二人は目的地へと着いた


「…疲れた!!」

思わずドサっと床に倒れ込んだ彩葉

「久しぶりだったし、今日もハードだったからね〜」

みずきがはい、と彩葉に水を差し出して笑う

「…あ、待って!今何時?!」

がばっと跳ね起きた彩葉は珍しく動揺していた

「えーと…もうすぐ五時がくるよ
何か用事でもあったの?」

「…ごめん、みずき!
今日ね、香月くんの舞台最終日なの!
絶対見に行くって言っちゃってて…!」

「え、そうなの?!
それ、今から行かなきゃ間に合わなくない?!」

「それより三島先生どこに行ったの!
気づいたらいなくなってたんだけど!」

「黒崎のおじいさんに呼ばれたとか言って一時間前くらいに帰ったぞ」

タオルで汗を拭いながら湊人が言う

「あんの顧問…!もう一回ドロップキックお見舞いしてやろうかしら!」

憤怒するみずきをよそに、急いで帰り支度を始める彩葉

「部長、すみません!早上がりします!」

「あぁ。気をつけてな」

部員に見送られ、練習着のまま部室を飛び出した彩葉

靴箱で靴を履き替えてダッシュしようとした時、後ろから呼び止められた

「ーーーー待って!!」

「…、っ?!」

ぱっと彩葉が振り返ると、見覚えのない女性が立っていた

「…?えっと…」

「…」

「ど、どちらさまですか…?」

夕方の太陽に照らされた栗色の長い髪をなびかせて、真っ直ぐ彩葉を見据える女性

その目は、泣き腫らしていた

「あ、あの…?」

「…が」

「…え?」

「あなたが、あなたがあなたがあなたが!!!!!」

目を見開いて叫ぶ彼女

突然の展開に、彩葉もかなり動揺してしまっていた

「あなた…いま翔くんと同棲してるんですって?
…翔くんを独り占めするだなんて…おじいさんの力を使うだなんて卑怯だわ!!!!」

「!!なんで、それを…」

「…否定、しないんですね
まぁ、嘘をつかれるよりマシか…」

上着のポケットに手を入れた彼女が手を出した次の瞬間、彩葉は凍りついた

「…、っ?!」

「ふふっ…翔くんはみんなのものなの。
独り占めなんてずるいじゃない…」

彼女の手には、ライターが赤赤と火を灯していた

「…どうするつもりですか」

「どうするつもりですって?
…決まってるじゃない。もう二度と、彼の前に立てなくしてあげるわ」

「待っ…」

「これで終わりよ!!!!」

勢いよく彩葉を襲おうとした彼女

しかし…

「…?」

恐る恐る彩葉が目開けると、見慣れた姿がそこにあった

「あ…あ…!」

「こ、香月くん?!」

「がっ…!!」

勢いよく彼の服に火は燃え移り、次第にその範囲は広がっていく

彩葉は慌てて持っていた水を翔にかけ、大事には至らなかった

「はぁ…はぁ……」

「香月くん、何してるの?!
あなた、この後最後の舞台が控えてるっていうのに…!」

「…はぁ…おま、…お前が…まだ学校で…頑張ってるって三島に聞いて…
迎えに、きたんだよ…」

息も途切れ途切れの中、翔は笑っていた

「私を…?」

「お前、絶対見に来てくれるって…言ったじゃん…
なのにお前がいないのに…始められるかよ…!」

焼けただれた左腕の痛みに耐えながら、彩葉を抱きしめる

「香月くん…」

「み…認めない、認めないわよそんなの!!
だ、大体あんたが悪いのよ…翔くんを独り占めなんてするから…!」

ライターを床に落として力なくしゃがみ込んでいた彼女は泣き叫ぶ

「…うるせえ」

「…え?」

「うるせえっつってんだよ!!
お前の逆恨みだかなんだか知らねーけど、これ以上彩葉に手を出すなら俺はお前を一生許さない」

鋭く彼女を睨みつける翔

「ご、ごめんなさ…」

最後まで言葉を言うことなく、彼女はその場で気を失った

「香月くん…」

「…とりあえず、氷山が駐車場で待機してるから。
この女は後で氷山に任せよう」

「その必要はない」

振り返ると、湊人やmovie部の部員達が立っていた

「この人の事は俺たちに任せてくれ。
警察への連絡なり救急車なり、これだけ部員もいるんだ。心配するな」

「彩葉、香月くん!急いで急いで!」

みずきや湊人、部員達に見送られて急いで氷山の元へと向かった

「なっ…か、翔?!!」

二人を見た氷山は目を見開いて叫んだ

彩葉に肩を借りてようやく歩いて来た翔

「話はあとだ。とりあえず向かってくれ!今すぐに」

「お前…そんな状態で舞台に立つ気か?!」

「当たり前だろ!
…初めて本気で打ち込んだ舞台だ、最後までやらせてくれ」

熱を帯びた翔の瞳に圧倒され、三人は舞台へと向かった


『…もう、だめなのかもしれない。』

『あなたの舞台に対する想いはその程度だったの?
あなたに夢を託したお兄ちゃんの気持ちは、どうなるのよ!』

練習の成果が何倍にもなって出ていた本番の舞台

翔は無事、演じきった

拍手喝采の中、出演者の最後の挨拶で翔がマイクを握った

「数ヶ月に渡った今回の舞台、“ミッドナイト シティ”。
僕にとって思い出に残る、宝物となる舞台でした」

痛みに耐えながらも、翔の表情は今までに無いほど輝く笑顔でいっぱいだった