第一話 人気者

「翔くーん!目線こっちにお願いしまーす!」

「翔くん!次はこっちで!」

「…はい!」

パシャパシャとカメラの音が鳴り響くスタジオ

ニコッと笑えば周りは夢を見るようにため息をつく

…いい加減、うんざりしてきた。

幼い頃、親が興味本位で俺を芸能界へ入れてはや十年

周りの大人の機嫌取りにも、いい加減飽き飽きしていた

「よし、オッケー!お疲れ様〜!」

「ありがとうございます」

スッと撮影場所から抜け、足早に楽屋へと向かった

「おーい翔ー?…いくらなんでも早すぎじゃないか?」

「うっせえ。俺は疲れたんだっての」

ドカッと楽屋の椅子に腰掛け、大きくため息をつく

「お前が雑誌の撮影嫌いなのは知ってるけど…もう少し愛想良くしていけよな」

マネージャーの氷山は頭を抱える

「…別に。好きでこんな事してるわけじゃねーもん」

ふい、とそっぽを向く翔

「お前はうちの事務所の大事な稼ぎ頭なんだ。…ちゃんとしてくれよ?」

「はぁ…めんどくさ」

「…仕方ないだろう?
明日からお前が主演の舞台が始まるんだから、ちゃんと気を引き締めていけよ」

「…わかってるよ」

氷山に背を向け、ケータイに目を落とした

香月翔(こうげつ かける)。
この春高校二年生になる、男子高校生。
L・Rプロダクション所属の、今人気の舞台俳優
幼い頃から天才子役として騒がれている彼は、既に芸能界に興味を無くしていた

「そういえば翔。お前が明日から通う高校についてなんだが…」

「…あぁ」

仕事の関係で、わずか一年で転校する事になった翔

…まぁ、去年も仕事ばかりでほとんどまともに学校行けなかったけど。

「葵(あおい)学園というところらしい。
芸能科の二年A組に転入だそうだ」

「ふうん…」

どうせ、まともに相手出来るやつなんていないだろう

今までの経験上、俺の“舞台俳優”という肩書きに惹かれて寄ってくるやつばかりで正直、友達と呼べる人間なんていなかった

「movie部という変わった部活もあるらしい。
…まぁ、お前は忙しいかもしれないが、見学くらいは出来るぞ」

「…あっそ」

ケータイをいじりながら適当に返す翔。

ふう、と氷山が息をつくと、楽屋のドアがノックされる

「すみませーん!もう一カットだけいいですかー?」

「…チッ」

せっかく終わったと思った撮影は、まだ続きそうだ

「こら、翔。これも仕事なんだ…行くぞ」

「…だっる」

重たい腰を上げ、また撮影へと向かった

ー…

次の日。

校庭には桜が咲き誇り、心地よい小春日和となった

「どうも初めまして。芸能科二年A組の担任をしている三島浩介、三十六歳。
ちなみにmovie部の顧問でもある、よろしく」

ニコニコと愛想のいい男性教師はそう名乗り、握手を求めた

「…香月翔です、どうも」

翔と握手をすると、三島が嬉しそうに口を開く

「いや〜氷山、久しぶりだな!何十年ぶりだ」

…え、氷山?

一緒に来ていたマネージャーの氷山を振り返ると、珍しく不機嫌そうな顔をしていた

「…まさかお前が教師だと?このクラス大丈夫なのか」

「ははは!氷山は相変わらず冷たい男だな〜。
元・読者モデルなだけあって顔立ちはいいのに、勿体無いな〜」

「…黙れ」

銀ふちの眼鏡をくい、と上げて威圧する氷山

「あぁ、すまない香月。
実は俺たち高校時代の同級生なんだ」

ぽかーんとしていた翔に笑いかける

「あ…そうなんすか」

「さ、そろそろ教室へ向かうか。氷山、ご苦労!」

「…翔。今日は夕方の7時から舞台公演が入っている、忘れるなよ」

「…うっす」

それだけ伝えると、氷山は帰った。

教室の前に着くと、ガヤガヤと騒がしい声が廊下まで聞こえてくる

…うるさ。

どうせこいつらも俺見てキャーキャー騒いで…

“本当の俺”なんて、誰も分かってくれやしない

だから、過度な期待なんてしない。

したところで自分が後悔するだけだ。

…今まで、何度これで後悔してきた事か

「よし、それじゃあ俺が呼んだら入ってきてくれ」

そう言って三島が教室に入ると、騒がしかった教室は静かになった

「よーしみんな、全員揃ってるな?
聞いてくれ。今日、うちのクラスに転校生が来た」

ざわざわとざわつく教室

…もう帰りたいんだけど。

帰りたさしかない翔の表情はどんどん暗くなっていく

「…それじゃあ入ってくれ!」

うわ、行くしかないのかよ。

渋々ドアを開け、中に入る

「え…嘘!」

「あれってもしかして?!」

教室のざわつきが更に大きくなる

「みんなに紹介する!…香月翔だ。
知らないことばかりで苦労する事もあるだろうから、みんなで助けてやってくれよな!」

「…香月翔です。よろしく」

「じゃあ香月は後ろの空いてる席…黒崎の隣がお前の席だ!」

「…うっす」

鞄を肩にかけ、スタスタと席へと向かう

「うわぁ…本物じゃん」

「やば!超かっこいいんだけど!」

…うっざ。

ドカッ!と乱暴に鞄を置いて席につく

「黒崎!しばらくの間、教科書とか見せてやってくれ」

「…わかりました」

隣の女子が小さく頷く

「え〜黒崎さんいいな〜!」

「私も隣になりた〜い!」

周りが一層騒がしくなった

…俺、もう帰っていいかな。

いらいらが絶頂に達しそうになった時、隣から声がした

「…黒崎彩葉。よろしく」

「へ?…あ、あぁ。よろしく」

こちらを見向きもせず、名前だけ伝えた隣の席の女子

…愛想なさすぎるだろ、こいつ。

栗色のボブは前髪を二つのピンで留めており、一般的に見て可愛い部類に入るタイプの女子

顔は可愛いのに…もったいな。

ギィ、と後ろに仰け反り天井を見上げた翔

…また、つまらない日が続くのかな

俺だって本当は、まともな学校生活を送りたい

それなのに、親が興味本位で俺を芸能界に入れたばっかりに…


俺は、親が大嫌いだ。


俺の自由を奪ったことも、
俺の人生を台無しにしたことも…

芝居だって、好きでやってるわけじゃない

親の顔なんて見たくなくて家を出た俺が生きていくために必要な、生きる手段

今の仕事はそれに過ぎない

ただ純粋に、普通の男子高校生でいたいだけなのに…

それすら叶えられない俺の非日常は、とても退屈だった

「…ねぇ」

彼女と反対側の窓からぼーっと外を眺めていた翔はふと振り向く

えっと…黒崎?だっけ。

「あなた、舞台俳優さんなの?」

俺が色々と考えている間、三島が俺のことについて話していたらしい。

…聞いてなかったけど

「…そうだけど」

何、こいつもサインくださいとかねだるわけ?

…勘弁してくれよ。

転入初日でそんな事、したくないんだよ

不機嫌MAXで彼女を見る翔

「…そう」

あれ、それだけ?

聞くだけ聞いて、また前を向く彼女。

普通の女ならここでサインが欲しいだの、アドレスを教えて欲しいだのせがんでくる

それなのにこの女、俺に質問するだけして興味を無くしたように戻りやがった

…何、こいつ。

構われたら構われたでいらつくけど…
逆にここまで清々しいと腹が立ってくる

「…何、あんたも舞台に興味あんの?」

少し挑発したように肘をついて彼女を煽る

「…興味、ねぇ。
いいわ。今日の放課後、この真上にある教室に来なさい」

「…え?」

わかるか分からないかの笑みを零し、彼女はこちらに顔を向けることは無かった

真上って確か…movie部?とかいう部活の部室ってさっき三島が言ってたような…

もしかしてこいつ、movie部の部員だったりするのかな?

だとしたら…俺を試してるのか?

…おもしれえ。その挑戦、受けてやるよ

素人とプロの違い、見せてやる

久しぶりに燃えてきた翔はその日、新たな世界を見ることになる…