目を閉じると思い出す。
___…遠い昔にあった、雪の日の記憶。
私がまだ小さい頃、母親が大きなお屋敷でお手伝いさんをしていて、
とても大きなそのお屋敷は私の遊び場となっていた。
母親の仕事が終わるのをいつも一人で待っていた私。
そのせいか一人遊びはお手の物で、その場所は私にとっておもちゃ箱のようにキラキラ輝いていたのを今でも覚えている。
その日もいつもと変わらず一人で遊んでいた。
雪のちらつく真冬の寒い日のことだ。
「良い子で待っててね」
そう言って中へ入っていく母親を見送った私は、降り積もった雪を見ながら今日は何して遊ぼうかと考えていた。
___…そうだ、雪だるまを作ってお母さんに見せてあげよう。
そう思い立つなり私はその場にしゃがみ込み、ピンク色の小さな手袋をつけたまま雪を手に取った。
「…つめたっ」
手袋の上からとはいえ、ずっと持っているのに耐えられなかった私は、休憩を挟みながら少しずつ大きくしていく。
漸く下の部分が完成したとき、
「ねぇ、」
いきなり後ろから声を掛けられ驚いた。
今までこのお屋敷で誰にも会ったことがなかった私は、首が取れてしまうんじゃないかという勢いで振り返った。
「わぁ!お姫様だ!」
「……っ、」
そこには、まるで絵本から飛び出してきたお姫様のような女の子が立っていた。
肩に付くか付かないかくらいの髪の毛は透き通るような金色で、ブルーの瞳は綺麗な顔をより引き立たせている。
私の放った言葉に目を見開いた”彼女”は、眉間に皺を寄せて躙り寄ってきた。
「僕は男だっ」
「え?違うよ?」
「なっ、本人がそうだって言ってるのに違うわけないだろっ!」
地団駄を踏むその子を改めてよく見ても、やっぱりどこからどう見ても女の子にしか見えない。
「えー、でも私より可愛いよ?」
「知らないよっ。そんなことより君はだれ?どうして僕の家にいるんだ?」
「え?違うよ?」
「……」
「……?」
「……さっきから、僕がそうだと言っているのにどうして君が違うというんだ」
「だってここはお母さんが働いてる所だもん」
私がそう言うと、その子は驚いたように目を見開いた。
そうして、
「君がタエさんの子どもか」
「え?違うよ?」
「……今度は何だよ」
訳の分からないことを言い出した。
「私のお母さんはタエ子って言うの。タエさんじゃないよ」
「……わかったよ。君のお母さんはタエ子さんだ」
「そうなの。それより、あなたはだれ?」
「……僕はルイだ。この家の息子だよ」
「むすこ?ここに住んでるの?」
驚いてそう聞き返すと、ルイは何故か哀しそうに頷いた。
その顔があまりにも儚くて、私は幼いながらも抱き締めてあげたくなった。
「この家が嫌いなの?」
「……っ、どうして」
「違うの?」
「……ああ、嫌いだ。こんな家燃えちゃえばいい」
「え?」
あまりにも恐い顔をしてそんな恐ろしいことを言うものだから、私はビクッと肩を揺らしてしまった。
それに気付いたルイが、苦笑しながら口を開く。
「君の名前は?」
「ななこ」
これが私と彼の出逢いだった。
_____……まだ幼い二人の初恋のお話。
あの後二人で作った雪だるまをお母さんに見せると、とても嬉しそうに笑ってくれたのを今でも覚えている。
その日から毎日ルイと遊ぶようになり、
雨の日も雪の日も、どんなに天気の悪い日でも遊ばない日はなかった。
その楽しい日々に幕が下ろされたのは、ルイと出逢って二年が過ぎた頃。
ルイは急にお屋敷から姿を消した。
お母さんに聞いても分からないの一点張りで、どんなに泣き喚いてお願いしても、ルイの居場所を教えてくれることはなかった。
あれから二十年の月日が流れた今も、ルイと過ごした日々を忘れたことは一度だってない。
それくらい、私にとっては宝物のような時間だった。