「へんなこと思い出しちゃった」
啓介が、あんな冗談を言うからだ。
うっすらと目に涙が浮かぶ。
本格的に泣いてしまう前に、肩で目をぬぐった。
その瞬間、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
水音で気が付かなかったけれど、いつのまにか啓介がキッチンにやってきていたらしい。
「彩奈にキスしたい」
頭の上から聞こえてくる声は、確かに啓介のものだけれど、自分の知っている啓介は、こんなことをしたりしないし、言ったりもしない。
「さっきから冗談ばっか」
「冗談にしときたいのは、彩奈のほうじゃないの?」
「どういうこと?」
「とっくに気が付いてるんだろう?」
「…………」
啓介の言うとおりだ。
いつだって彼の目は、彩奈に好きだと告げていた。
でも、自分はそれに気づかないふりをした。
……こんな自分と付き合ったら、啓介の評価が落ちてしまうから。