「あ、おはよ」
慣れない新しい席に座ると、隣の人だかりの中心から声をかけられた。
一瞬、身体が凍る。静かになる。
「お、おはよ」
私が返事すると、また何も無かったかのように話が再開された。
ふう、とため息をつきながら、私はバッグから教科書を取り出して、机の中にしまう。
佐良 結城。新しく隣の席になった、人気者。中流グループで溜まってる私からしたら、話すのがちょっと気が引けるタイプ。うちのクラスでは1、2を争うイケメンで、吹部のかわいい彼女もいる。リア充すぎて、近寄りにくい。
「おはよー」
教科書をしまい終えて、私は近くの人だかりに駆け寄った。
私が所属する中流グループの人だかり。一番自分がいるべき場所。
「あ、美穂、おはよー」
紗英が、にっこりと微笑んで、話の概要を教えてくれた。
「今ね、アンナが怖い夢みたって話してたの。強面のおじさんが追いかけてきたんだって」
「え、なにそれ、ちょーこわい」
だよねー、とアンナが笑いかけてくる。
頷きながら、首筋に冷たい風があたるのを感じた。ひやっとして窓際を見ると、いつも通り、安藤がいた。
「あー、また安藤たそがれてんの」
私の視線に気づいたアンナが、安藤に聞こえるくらいの声で言った。
「たそがれてねーし。冷たくて、きもちいーんだよ!」
ぶっきらぼうに言って、安藤は男子のグループの中に混ざっていく。
あーあ、今日は早かったなあ。
「あいつ、いっつもたそがれて、なにやってんだろーね」
笑いを含みながらアンナが言って、それに紗英が同調した。それが、とても遠くで起こっている事のように、かすかに聞こえた。
私は、安藤が誰かに茶化されるまで、窓の近くで空を見ながら考え事をする姿が好きなだけ。ずっとそれを見ていたいだけ。
アンナの視線が、原宿のパンケーキの話を紗英としながらも、ずっと安藤を追いかけていることに、気付かないふりをした。