「武田さんらしい部屋ですね」

「そうか?」

畳もそうだし、大量の本がキッチリ詰められた本棚や、部屋の真ん中にある渋いちゃぶ台、隅に立て掛けてある木刀(!?)なんかが、更に武田感を増幅させている。

「あ、あの、こちらは……?」

本棚の上に写真立てがあったので見せてもらうと、着物姿の綺麗な女性が写真の中で微笑んでいた。

「10年前に亡くなった母親だ」

武田さんはそう言って、写真の隣に置いてある縦横40センチほどの扉のついた木の箱を開けた。

「あ、お仏壇」

扉を閉めていると全くそれと気づかないモダンな作りの小さなお仏壇には、お位牌、ミニサイズの掛け軸やおりん、仏具などが並んでいる。

こういう場面で、上司に掛けるべき「気の利いた言葉」なんて思い浮かばない。ので、即座に仏壇に手を合わせた。


(はじめまして夜分に突然お邪魔して申し訳ありません……武田さん……息子さんの部下の高畑と申します……こんな酔っ払い女が突然上がり込んできて驚いてらっしゃるかと思いますがのっぴきならない事情によりこちらに泊まらせていただくことになりましたすみません出来るだけご迷惑をかけぬようにしますのでどうかお許しください……武田さんには本当お世話になっておりましていつもいつも助けていただいていますありがとうございます怖い時もありますが私のようなものにも熱心に指導してくれて、心根はとても優しくて私が今仕事を続けられているのは全て武田さんのおかげなんです……この前なんて……)


目を瞑って手を合わせながら、心の中でお母様に挨拶をしていると、頭上で武田さんのクククク、という笑い声が聞こえてきた。

「な、何笑ってるんですか」

「いや、ブツブツ言いながら随分と長々手を合わせているので可笑しくてな」

「そりゃぁ、ちゃんとご挨拶しないと。いつもお世話になってる上司のお母様なんですから。お線香上げてもいいですか?」

そういうと、武田さんは一瞬驚いたような顔をしてそして「あぁ」といって優しい笑みを浮かべた。

上司にプライベートなことをアレコレ訊くのはさすがに失礼かと思い、何も言わずただ仏壇にお線香を上げ、もう一度しっかり手を合わせる。
武田さんもおりんを鳴らして手を合わせた。