話には聞いていたけど、武田さんの住んでいる寮はかなり山手にあった。たまにイノシシが出てくるというのも頷ける。

深夜で車通りが少なかったいうこともあり、私の住む寮から車で10分くらいで到着した。

「ボロ……趣のあるアパートですね」

ここだ、と案内されたのは、相当築年数がいってそうな、ボロアパート。
駐車場付きなので、車持ちの独身従業員達はあえてこちらの古い寮に住んでいるらしい。

「古いが住み心地は悪くないぞ」

「へぇ~」

車から降り、武田さんの後ろをついていく。
古い鉄製の階段は、ヒールがカンカンと響くので、そーっと上った。

武田さんは2階の角部屋のカギを開け、電気をつけて「入れ」と招き入れてくれた。

「お邪魔しまーす」

遠慮がちに玄関に足を踏み入れると、そこはかとなくお線香と畳の匂いがして実家を思い出す。

玄関入って正面には一人暮らしには十分すぎるサイズのキッチンがあり、ビニール製の謎柄の床が昭和レトロな雰囲気を醸し出している。

キッチンにしては広く、ダイニングとしては少し狭いような絶妙な広さで、『台所』と呼んだほうがしっくりくる感じがした。
冷蔵庫と、電子レンジがあり、洗濯機もそこにあった。

靴を脱ぎ揃えてから上がらせてもらい、亡霊のようにその場で佇んでいると、武田さんは冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを出してこちらに渡した。

「これでいいか?」

「あ、はい、ありがとうございます」

「うちには何もないぞ。風呂ぐらいは貸してやれるが」

家主はそう言いながらスーツのジャケットを脱ぎ、衣紋掛け(ここはあえてハンガーとは言わないでおく)に掛けて玄関横の収納に仕舞う。

そしてネクタイを緩めると、ふぅ、とため息をついた。その仕草になぜがドキリとする私。

相手が武田さんとはいえ男の人と、部屋で、2人きり……冷静になって考えると、急に緊張してくる。

「いえ、もう、全然お構いなく……そそそその辺で転がって、寝ときますから」

「そういう訳にもいかんだろう。一応、客人だからな」

武田さんはフッと笑って、『台所』の続きにある畳の部屋の襖を開けて、電気をつけた。

「ここで座って待っていろ」

「あ、はい」

言われるがまま、10畳ほどありそうな広い畳の部屋に入り、隅っこにちょこんと正座する。

外観はボロいけど、中は綺麗にリノベーションされているようで、壁には和紙調の白いクロスが貼られていた。

「めっちゃ広いですね」

「二間続きにしてあるからな。以前は同僚と相部屋だったから、襖で仕切って部屋を分けていたんだが」

「へぇ〜ルームシェアとか大変そうですね」

「慣れてしまえばどうということはない」

赤の他人と生活を共にするなんて、私には絶対無理だ。1人部屋で良かった。


部屋をぐるりと見渡すと、物は少なくスッキリと片付いていてほとんど生活感がない。そしてキチンと掃除されているのが分かる。

急にお邪魔したというのにこの完璧さ……さすがだな、と思った。

私の部屋なんて、突然誰かが訪ねてきても絶対招き入れてはいけないレベルの汚部屋なので、彼の丁寧な暮らしぶりには心底尊敬した。