そして事件は起こった。

「武田さーん、どうしましょう」
「何事だ」
「鍵を無くしてしまいましたぁ……」

カバンの中に入っていたはずの、寮の部屋の鍵がどれだけ探しても無い。

「もう一度しっかり探せ」

寮の前に車を停めてもらい、車のルームライトでもう一度照らしながら、車内や車内をガサゴソと漁ってみる。しかしどうしても、鍵が見つからない。

武田さんが、先程までいた居酒屋さんに忘れ物がなかったか確認の電話を入れてくれたけれど、やはり無いとのこと。

「すみません……」
「マスターキーを使えたらいいんだが。もう管理課は皆帰っているな」

マスターキーは、管理課しか使用が許されていないのだが、時刻は既に23時を少し回っている。
今の時間帯は、夜勤のアルバイトスタッフしかいない。

「管理課の同期のやつに電話してみたが出ない。支配人に電話してみるか?」

「い、いや、それはさすがに、申し訳ないのでやめてください」

「そうか。お前にまともな感覚があって安堵した」

「いやいや、さすがにこんな事で、こんな時間に、支配人を呼び立てるのは、私だって気を遣いますよ!もう諦めます。だから武田さん……」

「何だ」

「私を泊めてください!」

「何戯けたことを言っているんだ。俺には気を遣わんのか」

「えー、いいじゃないですかー。もう武田さんしか頼れる人はいないんです!! 私は床で寝るんで。その辺の石ころと思ってもらえれば」

「そういう問題ではない」

武田さんは頭を抱えた。
さっき同期の沙耶に電話したところ「私、朝までコースだから帰れないわよ? 武田さんのとこにでも泊めてもらえばぁー?」と無慈悲なことを言われたのでその通りにしようと思ったのだけど、どうやらそれも厳しそうだ。

「じゃぁ、寮の廊下で座って夜が明けるのを待ちますよ……」

小さな声で薄情者、と呟く。

「それはそれで問題だな。……はぁ。致し方ない、俺の部屋に来い」

優しい優しい上司は大きなため息をついて少し考えた後、そう答えを出してくれた。
ほんとに助かった。さすがに野宿は私でもキツい。