美味しいものをたらふく食べて腹が満たされた私は、もう完全に、この宴会に用がなくなった。

武田さんが他の人に呼ばれて席を立ったのをいいことに、誰かのカクテルを貰ってぐびぐびっと飲む。甘くておいしい。頭がふわふわとしてきた。

手持無沙汰になった私は、余っている座布団を折り曲げて枕を作り、座敷の端のほうで横になる。

うん、寝心地は良くないが寝れなくはない。

新人の澤井さんはゴミムシを見るような目で私を見ていて、心から軽蔑しているのがよくわかった。
私は近くにいた新人の奥田に「私、寝るから。お開きになりそうな雰囲気になったら起こして」と頼み、3秒で眠りについた。


「高畑さーん、起きてくださーい」

どれだけ寝ていたのだろう。遠い世界で新人奥田の声がする。ええい、うるさい。そして揺らすんじゃない。気安く体に触れてくれるな。

「武田さーん、高畑さん爆睡っす!」

「……良い。もう少し寝かしてやれ」

遠のいている意識の中でも、武田さんの低い声がよく響く。

「いやぁ武田くん、すっかり『高畑係』になっているね」

そしてこれは多分、宿泊課課長の花田さんの声。

「不本意ですが」

「しかし、武田くんよく高畑さんを手懐けたもんだね。手に負えなくてみんな困っていたんだから。助かるよ」

まったく人を猛獣みたいに……。
口調こそ穏やかだけど、明らかに悪口だろこれは。

この花田課長は、とっても温厚で感じの良い人だけれど、実は腹黒い。私は過去に何度も目線で殺されかけた。

今もそう、こうやって本人が寝ているのをいいことに堂々と悪口言っちゃうのだから、酷いもんだ。


彼はこの道15年らしいけど、外見と人当たりの良さだけでやってこれたって感じがする。(ヤギちゃんは彼のことを「甘いマスクの優男」と評価している)

掴みどころがなく、のらりくらりとしていて、どこか頼りないので私は苦手だ。

正直、武田さんのほうが貫禄あるし、仕事も出来るというのが周りの評価。ただネンコウジョレツ?ってやつらしく、花田課長のほうが立場は上である。

「滅相もない。アレを懐柔するのは至難の業です」

「あはは。でもいつクビになってもおかしくない新人を武田くんが救ったんだから、素晴らしいよほんと」

「買いかぶりすぎです」

あー。もうとっくに意識はこっちの世界に戻ってきているのに、こうして自分のことを話されては、起きるに起きられない。

早く話題チェンジしてくれないかな。狸寝入りしながら、聞き耳を立ててるこっちの身にもなってほしい。

「今まで数々の新人を指導してきた君も、高畑さんのことは特別手をかけているように見えるね」

「高畑は……根は悪くないんですが、どうも誤解されやすい性で。心配なんですよ」

「ほう」

「しかし最近は高畑自身も変わろうと努力しているように見えるので、支えてやらねばと思っています」

武田さん……

「手がかかるほど可愛い、と言うしね?」

「いえ、そんな良いものではありません」

ズコー。武田さんが力強く訂正するので、内心ズッコケる。

「ただ、どうしても……放っておけない」

「なるほどねぇ」

――放っておけない

その口ぶりがなんだか優しくて、何度も頭の中でほわほわとリピート再生される。

嗚呼、いつも反抗的な態度ばかり取ってしまってごめんなさい。顔怖いし、口うるさいし、怒りっぽいけど、こんな私を見捨てないでいてくれている武田さんのこと、本当は心底感謝しています……!

「責任を持って、一人前にしてやろうと思っていますよ」

た、武田さーん……!!もう一生ついていきます!!
心の中では感動の涙涙涙。

「武田くん本当に頼もしいよ。あ、もしかして……『あの件』も関係しているのかな?」

花田さんの声のトーンがやや低くなる。
『あの件』って何だろう?

「まぁ、あの件も……気がかりではあります」

武田さんもヒソヒソ声だし……一体何なの。

「まだ他の誰にも言ってないんだっけ?」

「はい。支配人と、花田さんだけです。内密に願います」

なんだろう、気になる。
もう少し話を聞きたかったけれど、店員さんが「ラストオーダーの時間でーす」と最後の注文を取りにきて中断されたので、結局詳しいことは分からないままだった。