そんなくだらないことを考えていたら、仕事の手は止まり、武田さんと視線が合ってしまった。

まったく、目ざとい。

「レポート、まだ提出できないのか」

その言葉に、ギクリとする。
ここまでタイミングが良いと、思考が読まれているのかと勘ぐってしまう。

「すみません」

「提出期限は、昨年の4月1日だったはずだ」

武田さんは記憶力がいい。
日々膨大な量の情報を処理しているはずのその脳内に、何故アレの存在をしつこく留めているのだろう。

「えっと、すみません、忘れてました」

いつもこうして平気で嘘をつく。
忘れるはずもない。実際、今も考えていたし。

でも、うっかりしていた風に装って、誤魔化す。それ以外に取り繕う方法を知らない。


「……4月1日までに提出するように」

「はい、わかりました」


とはいったものの。
1年も前に受けた研修のことを、今更どう書けばいいのか。
内容なんてすっかり忘れてしまった。

そもそも1年近く提出が遅れても、仕事に何ら支障をきたさないレポートなんて、今更出す意味があるのだろうか。


海より深いため息をつく。
武田さんは「幸せが逃げる!」とでも言わんばかりの表情で、こちらを見た。彼は意外と本気でそういう迷信を信じていそうだ。

私はいっそ記憶喪失にでもなってしまいたいような気持ちになった。