「あんなのただの酔っ払いじゃないですか! きっと嫌なことがあって、誰かに当たりたかっただけですよ」

思い出しただけで腹が立ってくる。

「高畑の対応が悪かった」と、わざわざ呼び出しておいて、ほとんど私に関係ない文句ばっかりだった。

チェックイン時に荷物を運んでくれなかった
部屋の清掃が行き届いていなかった
内線をかけてもなかなか出なかった
コース料理の出てくるペースが早過ぎた
このサービスの悪さで、この宿泊代は高すぎる……etc

とんだとばっちりだと思った。

まあ、私の接客態度に問題があったのは事実だけれども。(超絶忙しいときに呼び止められて、少々お待ちください、とその場を立ち去ったまま、すっかり忘れて「鈴木様」を放置してしまったのだ)

「クレームは貴重なご意見と捉えるべきだと言っているだろう。鈴木様のおっしゃっていたことは実に的を射ていたぞ」

「で、でも、あんな深夜に呼びつけるなんて非常識です!!」

「確かに今回はあまりよろしくない状況ではあったが、そうでもしなければ、怒りが収まらなかったのだろう。お客様の要望に出来る限り応えるのが、俺たちの仕事だ」

「でも、」

「鈴木様は、難癖を付けて金銭を要求してきたわけではない。このホテルに改善を求めていただけだ。そういうお客様はこちらの対応次第で、リピーターに変わりうる。現に鈴木様は、また来る、と満足してお帰りになった」

「いやいや、」

どんだけポジティブシンキングなんだよこの人は。
しかし何か言おうにも、彼は私に喋る隙を与えない。

「一番怖いのは、不満があっても何も言わず、去ってしまうことだ。鈴木様はこのホテルに足りないものを教えてくださった。有難いことだと思わないか?」

全然思わない。
けれど、有無を言わせない視線に耐えかねて「はぁ、そうですね」と答えておいた。
もう、きっと何を言っても無駄だ。