それから1人虚しくゴキブリ探しに取り掛かった。

「ゴキちゃん~出ておいで~……」

なんて言葉も虚しく、5分経っても、10分経っても、ヤツは出てこなかった。

もうお手上げ状態だった。
この広い部屋のどこに潜んでいるかも分からないし、既にここから出ていったという可能性もある。


自室でゴキブリに遭遇しても「あぁ、コンニチハ」くらいにしか思わない私からすれば、『ゴキブリごときで騒ぐなよ』と言いたいところだ。(ヤツは汚部屋の同居人と言っても過言ではないのである)

「無謀すぎる……」

退治しましたと、お客さんに嘘をついてしまおうか……なんて悪い考えが脳裏をかすめる。
しかし、そんなことをしたら武田さんに怒られる。絶対、怒られる。
考えた末、武田さんに内線を掛けることにした。

「あ、あのう……」

「あぁ、高畑か。どうした」

「1101号室の、ゴキブリの件ですが、」

「見つかったのか」

「いや、それが、出てこなくて……もう諦めていいですか?」

「戯けたことを抜かすな!!」

「じゃあいっそのことお部屋をチェンジしたらどうですか?」

「それも提案したが、今のお部屋が良いそうだ。 死ぬ気で探し出しせ!何が何でも退治しろ!」

「……はい」

鬼か。

半泣きになりながら、再びゴキブリを探した。途中から諦めモードに入り、椅子に座ってぼうっと考え事をしてみたりした。
結局、小1時間かけて、ようやくゴキブリを退治し、その証拠としてヤツの亡骸をビニール袋に入れ、意気揚々と事務所に戻ったのだった。

「武田さん!無事退治できました!見ます?」

「いや、結構だ」

そうキッパリ断られて、おおいにガッカリした。
もう少し褒めてくれても良いのに……。

そんなこんなで、定時になった。
やっと終わった~!と開放感いっぱいで帰ろうとしたところ、武田さんの一言で、地獄に突き落とされる。

「おい、高畑。『宿泊客統計データ』は完成したのか」

ああああ。今日絶対完成させようと思っていたのに、色んなトラブルがあったせいですっかり忘れてた……。

「ま、まだです」

「本社に提出するものだ。期限は絶対守れ」

「はい……残業させて頂きます……」