伊藤さんは返す言葉が見つからないのか、 「……余計なお世話ですっ!」と金切り声を上げて、その場を去っていった。
その悔しそうな顔といったら。私は武田さんに盛大な拍手を送りたい気分だった。

しかし武田さんは表情一つ変えず「……元からああいう奴だ。気にするな」と言って、グラスの破片の処理を再開したのだった。



「すみませんでした」

宴会の片付けが終わり、事務所に戻るエレベーターの中で、私は武田さんに頭を下げた。

「私が使えないばっかりに、面倒なことになって……武田さんまで嫌味言われて」

すると、武田さんは咳払いを一つして、私を横目でチラリと見る。

「お前の長所は」

「……?」

「自分が無能だと自覚しているところだ」

「そ、それ、褒めてるんですか? 貶してるんですか?」

「一応褒めている」

「ふん。どうせ、役立たずですよ……」

「そう自覚しているなら、努力次第で改善出来るはずだ。自分の力がそこまでだと、決めつけているようでは、本当の能力なんて引き出せないぞ」

「そんなこと言われても……」

「まぁ、今のお前には難しいだろう。基礎の基礎すら出来ていないからな 」

「じゃあ、どうしろって言うんですか」

「馬鹿者。何のために俺が日々指導していると思っているんだ」

武田さんはあからさまに溜息をつく。

「この仕事において重要な物は、お客様一人一人への “おもてなしの心” だ」

「おもてなしの、心……」

「お客様に笑顔や感動を与えられるよう、最高のサービスを提供しろ。それができれば、必ずこの仕事を好きになる。それまでは、組織の中での自分の評価を気にする必要はない」

武田さんは私の目を真っ直ぐに見据え、言葉を続けた。

「お前のミスは俺が全力でフォローしてやる。だからとにかく、お客様を第一に考えて行動してみろ」

「はい……」


お前のミスは俺が全力でフォローしてやる

か。

武田さんって、ほんと凄い人だ。

私は彼の言葉に少しばかり感動していた。