「おい、早速だが。昨日、高畑が電話予約を受けた『山崎様』を覚えてるか」

武田さんは私に一息つく暇も与えてくれない。

「山崎様? いや、すいません覚えてません」

しれっと答えると、武田さんの切れ長の目が、カッと見開かれる。

「昨日対応したお客様のことくらい覚えておけ! しかもリピーター様だぞ!」

その怒声に思わず肩をすくめた。

1日何人もの客を対応するんだし、一々覚えていられないってのが本音だ。そんなに怒らなくたっていいと思う。

「すいません。で、そのお客様がどうかしたんですか?」

「高畑が取った予約日が間違っていた」

「へ……?」

「先程、山崎様から確認の連絡が来た。ちゃんと予約が取れているか不安になったそうだ。山崎様は『1月3日』の予約をした、とおっしゃっていたが、お前が予約していたのは、『7月3日』だった」

「いち月と、しち月……」

「高畑がしっかり復唱確認をすれば、こんなミス防げたはずだ!」

「す、すみません」

「それから、7は「なな」と言え!これは何度も注意しているだろう!」

もう言い訳するのも面倒なので、反省する振りをしながらひたすら「はい、すみません」と連呼する。

「まぁ、聞き間違いは誰にでもあることだ。それは仕方ないにしても、高畑は確認作業を疎かにしすぎだ。そこさえしっかり出来れば、必ずミスは減る」

「はい、以後気をつけます」

そしていつもこのお決まりのセリフで逃げる。

『以後気をつけます』なんて、今まで何回言ってきただろう?毎日同じようなやり取りが繰り返されている気がする。

しかし私は全く成長しない。


はぁ、今日も1日が始まる……。

ため息をつきながら、パソコンの電源をつけると、ブーンと鈍い音が響いた。

私はこのホテルの宿泊課で、予約係をしている。

今の私の主な業務は、電話対応、ウェブ予約の確認、メールの問い合わせの返信、口コミサイトコメント返信、データ入力、フロントのフォロー、アンケートやデータの集計などの事務作業、その他雑用……等々。

全体的にスタッフが足りないせいで、他部署の助っ人に呼ばれることもしばしば……。
やるべき業務が多岐に渡りすぎている。

ここに配属になって早2ヶ月。
全然仕事が覚えられない。覚える気も大してない。
こんな感じだからすでに数え切れないほど武田さんのお説教を食らっている。もう怒られることには慣れてしまった。