「そう。それなら家で大人しくしていなさいよ?」


「わかってるよ。今日はどこにも出ないから、心配しないで」


あたしの事を心配してくれていても、今の状況を説明することができないお母さんに苛立ちを覚えていく。


知らない間に目つきが鋭くなっていたようで、お母さんが怪訝そうな表情になった。


まずい、このままじゃもっと長引きそうだ。


そう思い、すぐに笑顔を浮かべた。


意識的に浮かべた笑顔は不自然になり、お母さんが部屋に入ってきてしまった。


「梢、なにか隠し事でもしてるんじゃないの?」


「な、なにもしてないよ!」


すぐに立ち上がり、お母さんを部屋から出そうとする。


その時だった。


「あら、この写真何?」


テーブルの上に置いていた写真に気が付かれてしまった。


「なんでもないの!」


そう言って隠そうとするより早く、お母さんが写真を手に取っていた。
和夫と准一、それに愛子と理子の顔が奇妙にゆがんだ写真。


その写真をひとめ見たお母さんは表情を歪めた。


「なによ、この写真……」


呟くような声で言い、ジッと写真を見つめている。


あたしは何も言えず、ただお母さんとその手に握られている写真を見つめているしかできなかった。


今起こっている出来事を説明したって、きっと信じてもらえないだろう。


「このモヤ、気持ちが悪い」


お母さんが右上のモヤに気がついてそう言った。


「人の顔みたいじゃない。ねぇ、なんなのこの写真は」


「それは……みんなで撮った、集合写真……」


そうとしか説明しようがなかった。


あたしたちだって、どうして写真がこんなに変化してしまったのかまだわからないままなんだから。


「このモヤ、人の顔みたいに見えるけど……」


そう言った瞬間、お母さんが目を見開いた。


まるで何かに気が付いたように息を飲む音が聞こえて来る。
そしてその顔は徐々に青ざめて行ったのだ。


「お母さん、どうしたの?」


明らかに様子のおかしいお母さん。


「これ、どうして? なんでこんな悪趣味な事をするの?」


青い顔のままそう問いかけて来る。


けれど、あたしは左右に首を振り、自分はなにもしていないと伝えた。


「この写真はお母さんが預かっておくから」


そう言うと、写真を乱暴にポケットにねじ込んだ。


「ちょっと、なにするの!?」


慌てて取りかえそうとしても、お母さんはしっかりとポケットを押さえている。


「ちゃんとお祓いしてもらいましょう。そうすればきっと大丈夫だからね」


お母さんはあたしにではなく、自分に言い聞かせるようにそう言い、部屋を出て行ってしまったのだった。
あたしはお母さんが出て行ったドアを呆然として見つめていた。


亡くなって行った友人たちの顔を見ても顔をしかめただけだったのに、あのモヤを見てから急に態度がおかしくなったお母さん。


「なにか知ってるんだ……」


もしかしたら、あのモヤが誰なのかもわかってしまったのかもしれない。


だからあんなに青ざめていたんだ。


あたしたちにはわからない事をお母さんは知っている。


これは一体どういうこと……?
☆☆☆

2時間ほど経った時、玄関のドアが開く音が聞こえて来てあたしは自分の部屋を出た。


「ただいま梢」


そう言い、両手に一杯の荷物を持っているお母さん。


まるでさっきの写真のことは忘れてしまったかのようにふるまっている。


「お母さん、あの写真のモヤについて、なにか知ってるんでしょう?」


その質問に、お母さんは微かに体を震わせた。


「なに言ってるの? あの写真はもう神社へ持って行ったから、忘れてしまいなさい」


「忘れるなんて無理だよ! ねぇ、あのモヤの男の人は一体誰なの!?」


気が付けばあたしはお母さんの両肩を強く掴んでそう聞いていた。


お母さんは痛みに顔をしかめ、驚いた顔であたしを見る。


その顔を見てようやく自分の手に力が入っていることに気が付いた。


「ご、ごめん……」


すぐに手を離し、俯いた。


こんなのは八つ当たりと同じだ。
だけど、お母さんが驚いたのは別の事が原因だったのだ。


「梢、覚えてないの?」


「え……?」


あたしは顔を上げ、首を傾げた。


「あれほど昔のことだもんね、忘れてても当たり前よね」


お母さんはどこか寂しげにそう言い、両手に荷物を持ち直してキッチンへと移動したのだった。
☆☆☆

その後お母さんに色々と訊ねてみたけれど、詳細を教えてもらえることはなかった。


「忘れていることを思い出す必要はない」


と、一言で終わらされてしまうのだ。


だけど、これは大きな情報だと思えた。


あのモヤの正体はあたしたちの親の世代が知っている人物だと特定できたのだから。


この情報をすぐに渉に知らせたくて、翌朝30分も早く家を出て学校へ向かうことにした。


「渉!」


校門を抜けたところで渉の後ろ姿を見つけてあたしは声をかけた。


「梢。メール読んだよ。梢の親があのモヤの人物を知ってるって?」


さっそく本題に入った渉にあたしは大きく頷いた。


「そうみたい。だけど、詳しい事はなにも教えてくれないの。写真も神社に持って行かれちゃった」


「そうか……。梢の親が知ってるってことは、俺の親も知ってるかもしれないってことだよな」


「うん。あたしもそう考えてた」


あたしたちは並んで歩きながら会話を進めた。
朝早い時間なので、生徒の姿はほとんどなかった。


渉に早く来るようにメールを入れておいてよかった。


「でも、あたしのお母さんはあたしも知っているような口ぶりだったの。『覚えてないの?』て言われたから」


「覚えてないの? か……。もしかしたら、俺たち全員に関係のある人物かもしれないな」


そうかもしれない。


だからあのモヤを見ているとなんだか見覚えがあるような感覚になってくるのかもしれない。


「でも、梢のお母さんが頑なに口を閉ざしたんなら、俺の両親もなにも教えてくれないかもしれないな」


「そう……だよね?」


それも懸念していることの1つだった。


あれだけ頑固になって何も教えてくれないなんて、珍しいことだった。


大人たちのとっては思い出したくない人物である可能性があった。


そんな会話をしていると、教室の中に美津が入って来た。


美津は目の下にクマを作っていて少しやせたように見えた。


「美津、大丈夫?」


『おはよう』の前にそう言って駆け寄るあたし。
「梢……。うん、大丈夫だよ」


美津はそう言って頷くけれど、とても大丈夫そうには見えなかった。


「最近眠れなくて。食べても吐いちゃうし……」


美津はそう言いながら自分の席に座り、大きく息を吐き出した。


「無理しない方がいいよ。どうして休まなかったの?」


「だって、1人で家にいると心細いんだもん。あの写真を見たくないのに見ちゃって、次は自分かもって思うと、怖くて何もできなくて……」


美津の声は震えていた。


無理をしてでもみんながいる学校に来ているほうが楽なのだ。


その気持ちはあたしにもわかった。


あの写真を見ると次に死ぬ人物がわかる。


それは自分かもしれない。


そう思うと、恐怖で震えてしまうんだ。


「そっか。そうだよね……」


あたしはそう言い、美津の手を握りしめたのだった。