君のために甘いスイーツを作ります。


次の日。


「席替えするぞ~くじ引きな」


先生の一声で「いえーい」と「えー」の賛否両論の声が飛び交う。


私のくじは4番、だから窓側の席。


「もしかして花乃4番?私3番」


「ほんと?やった、近くだね」


ゆいりんと席が奇跡的に近くなって私たちは大喜び。


机を移動させて新しい班のメンバーに教室はざわざわ。


隣の席はマイペースな男子で知られている宮野悠くん。


どこか空気がぽわ~としていて、正直呑気すぎる感じ。


「よろしくね、清水さん」


「うん、よろしく」


ちゃんと、というか今まで宮野くんと話したことがなかったけど、話しやすそうな人だなぁと思った。


どこか適当そうなのんびりした話し方なのだけど、決して嫌味なものではない。



英語の授業は怖い先生で有名な秋田先生。


寝ている人には容赦なく難問を突きつけたり、宿題をやっていない人には怖い説教をしたり。


極めつけは毎回ある小テストで8割を取れない人はその時間の授業は立たされること。


私は英語は得意科目なので何とかなっているけど、これがもし苦手だったら……と思うと怖い。


顔も強面でいつもしかめっ面なので、みんなから恐れられている。


「お前ら、小テストちゃんとやれよ。定期テストじゃないからってなぁ、手抜くな」


鋭く生徒を見回すとみんな身震いしそうだ。


私だってもちろん。


みんな秋田先生は怖いので勉強してますよ~。


今回も無事96点で不合格にならないで済んだし、ゆいりんも大丈夫なようだ。



「へぇ、清水さんって英語得意なんだ」


宮野くんは私の小テストをのぞき込んできた。


「勝手に見ないでよ」


チラリと宮野くんのテストを見れば72点と書かれている。


「不合格じゃん」


「僕は本気じゃないからね」


ほ、本気じゃない?


「対決、してみる?次の小テストで」


何を言い出すかと思えば対決だなんて。


でも得意である英語でのんびりやの宮野くんにはまけたくない。


「いいよ、わかった」


ニコッと笑った宮野くんは勝ったも同然、という顔だった。


なんだかまけてもないのに悔しい気持ちなのはどうして?


「勝ったら僕のお願い聞いてよね」



90点、これがこんなに恨めしいなんて。


合格点はばっちり取ってるし、90点代にのれば何の問題もないのに、


「98点、僕の勝ちだね」


なんて満面の笑みで喜んでいる隣の席の宮野くん。


勝負したらまさかの敗け。


「な、なんでぇ」


「不合格だったやつ、立てや」


がっくりと肩を落とす私の前で席を立ったゆいりんは今日は不合格になってしまったよう。


「お前ら何やっとんじゃ、受験に向けてしっかり勉強しろや」


長々と怖い説教がスタートした。


その間立たされていない生徒達はコソコソと周りの席の人と喋る。


「清水さんに何頼もうかな」


すっかりご機嫌で鼻歌でも歌いそうな勢いの宮野くんに完全敗北。


いくらマイペースでのんびり屋の宮野くんでもなめてはいけない、本気を出していないだけ。



「そうだ、清水さんって家庭科部だったよね?」


何を思ったのかそう聞く宮野くん。


「うん、そうだけど……」


「なら僕に甘いスイーツ作ってよ。僕好きなんだよね、甘いスイーツ」


え、甘いスイーツを作るの!?


って、そんなのむりむりむり!


なんてたってプリンのカラメルソースが食えたもんじゃない苦さになるレベルの私に甘いだなんて。


「無理だよ~だって料理苦手なんだもん」


「家庭科部なのに?食べたかったなぁ」


ぶー、と口を尖らす宮野くん。



そう言われましても、まずい苦いスイーツを誰も食べたいはずがないし。


「ごめん、そればかりは勘弁を……」


「なら、作り方教えてあげる」


!?!?!?


「つ、作れるの、宮野くんは?」


「そりゃあ作れるよ。作れるから言ってるんじゃん。じゃあ早速今日の放課後僕の家に来て。今日は先生たち会議で部活休みでしょ?」


え、え、え、宮野くんの家で作るの?


今日、いきなり、宮野くんって自由すぎじゃん!


「きょ、今日?」


「そ、思ったらすぐ行動」


いや、それを宮野くんに言われる筋合いはないような……。




放課後になっていつも一緒に帰っている友だちが声をかけてくれたけど、


「ちょっと用事があるから一緒に帰れないの、ごめんね」


と伝えた。


「じゃあ清水さん行こう」


宮野くんに声をかけられた私。


「宮野くんと花乃いつの間にそんな関係になったの~?」


ゆいりんがまるで私たちを冷やかすかのように見てきた。


「そんな関係じゃなくて、スイーツ作るからで……」


「スイーツ?」


ゆいりんはどういう事なのか全く理解していないようで、首をかしげた。


「僕のお願いで甘いスイーツ作ってもらうつもりだったけど、作れないって言うから教えてあげようと思って」


宮野くんは相変わらずの口調で私の代わりに返事した。



ふぅん、と意味ありげな笑みを見せたゆいりんに軽く微笑んだ宮野くん。


そんなテレパシーのように意思疎通しているのだろうか、私にはよく分からないけど。


「せっかくだし花乃、腕磨いちゃって、ね!」


「が、がんばる!」


ゆいりんに送られて、宮野くんと私は宮野くん宅へ向かった。


「宮野くんのお母さんとか、大丈夫かな」


そうそう、勝手に上がって困られたり、料理するとなるとキッチンも使うだろうから、迷惑かけたりしたくないし。


「大丈夫、お父さんは単身赴任中でいないし、お母さんは海外に長期で旅行中だから帰ってこないし」


僕一人っ子だから~とも付け足して笑った宮野くん。


そっか、なら宮野くんはいつも家に1人ってことだよね。



「……お邪魔します」


とはいえよそ様の家に入る時は何となくそう口にしちゃうし、しかも、男の子の家ってなんかドキドキしてしまう。


「洗面所で手、洗ってきてね」


手を洗い終えた私はキッチンの方へお邪魔した。


広々としたキッチンは使い勝手が良さそうだし、私の家にはない珍しい道具もチラホラ。


「そういえば...材料は?」


買いに行かないとないんじゃないかな。


「ん~買ってあるから大丈夫」


何を作るのだろう、と宮野くんはホットケーキミックスを取り出した。


それも普通の大きさじゃなくて、業務用のスーパーに売っていそうなビックサイズの。


「なんかすごい多いけど……」