side:亜希

みすずの言動は、はっきりいって、よくわからなかった。
でも、あの涙が嘘だったとは、どうしても考えられない。
だからあれは、本当にこの「俺」に対して、書かれたものなのだろうか…。

………。

無言で、手紙を開く。
見るしか、ない。

『初めまして、亜希くん。
突然だけど、わたしは、亜希くんのことを知っています。
そして、亜希くんの…恋人です。
おどろいたよね、ごめんね。
これから私が話すことは、きっと、すごく亜希くんのことを困らせる。
でも、どうしても、伝えなきゃいけないの』

ここで一旦、手紙を置く。

俺を困らせる?どういうことだ?

見なければわからない。
でも、見ることが…すごく怖い。
得体のしれない感覚が、俺の体中を駆け抜ける。

…。

『私と亜希くんが出会ったのは、今から三年前の春。
あ、亜希くんからしたら、1週間くらいあとのことかな?駅のホームで。
高校2年生になったばかりの亜希くんは、とってもキラキラしてて。
すこし、見とれてたの。
そしたらね、亜希くんが急に「連絡先おしえてくださいっ!」って言ってきたから、びっくりしちゃった。

けど、すごく、嬉しかったよ。

それから時々会うようになって…
いろんな思い出を作りました。

でも、亜希くんは、』

その次の言葉を見た途端、俺は、一瞬、本当に息が止まった。

『死んじゃったの』

……は?

やっぱり何かのいたずらか?
みすずの手の込んだドッキリなのか。

この手紙を“嘘”だと信じたかった。

でも本当は心の中で考えは固まっていた。

“ああ、俺、死ぬんだ”って。

『本当に、信じてもらえないよね。
私と亜希くんは、出会って半年後にお付き合いを始めたの。
でも、それから約一年後。
私からしたら一年前。
亜希くんは、亡くなりました。

理由とか、どのように、とかは言えないの。
ごめんね。

でもひとつだけ言えること。それは私と出会ったから。
私と出会ったせいで、亜希くんは、、、

…だからね、ひとつだけお願いがあります。
わたしと、出会わないでください。

そして、生きてください。
生きて、恋をして、しあわせになって。

ごめんね、突然。

…亜希くん、だいすきだよ』

読み終わった時、俺の瞳から、涙が溢れてきた。
止まらない。
俺は何年ぶりか、大声をあげて泣いた。

これは本物だ。

根拠は、ない。

でも絶対、本当の手紙だ。

俺が泣いたのはそこじゃない。
俺が死ぬことなんか、どうでも…いい。

この手紙を出した人が、名前を書かなかったのは、俺を助けるため。
それは間違いない。

…だけど、じゃあなんで、ところどころ涙の跡があるんだ?

彼女が、涙を流してまで、おさえた感情ってなんだ?

俺は…どうしたらいいんだ?

わからない。わからないけど、でも…。

“コンコン”

物思いにふけっていると、俺の目の前の窓がノックされた。


…ありえない。ここは7階だぞ?

人間なわけがない。鳥かなにかだろう。
そう思って、また手紙へ視線を戻し、、、


“コンコンコンコン!”

今度は、さっきより少し強めのノック音だ。
やはり…人なのか?


唾を飲み込み、意を決して窓を開けた。


「ちょっと。早く開けてくださいよ。
1回目ノックしたの、聞こえてたでしょ?」

「は?だれだ…おまえ。ていうかなんで、浮いて…」

「ああ、僕、人間じゃないし。
まあそんなことどうでもよくてさー。
手紙、届いたでしょ?」

ちょっと待て。なんでこいつは手紙のことを知っている。なんで浮いている。
なんで…

「ちょっと!聞いてるんですか!?」

「あ?」

「手紙!!読んだんでしょ?」

「あぁ…読んだけど。てかお前誰…」
と、俺がそこまで俺が言った時、
さっきまで俺と喋っていた12〜13歳くらいのガキが、よろめいた。

「おい、翔。さっきからお客様に失礼な口の聞き方をするな。」

その言葉と同時に、黒服の、長身の男が現れた。