彼が『ぼくとお話しして下さい』と通帳を差出した姿を思い出した。
 
 もし、あれが定期預金の勧誘じゃなかったとしたら……
 彼はずっと、ずっと私を見ていてくれたんだ……
 何も言わず、ただ私が前に進むまで見守っていてくれたんだ……
 全部、全部私の為だったとしたら……


 私は目から涙が溢れ出てしまった。


「ほらほら、涙を拭きな。でもね…… 彼だって、課長と夏樹を見て苦しい思いして来たんじゃないのかな?」

 有美がお手拭を、頬の涙の上に当ててくれた。


「今まで何も、気付かなかったよ……」

「きっと、彼は不器用なんだね。夏樹も今まで、カッコいいセリフや仕草のうわべだけに惹かれるからこういう事になるんだよ!」


「どうしょう?」


「彼の気持ちが解って、夏樹は彼の事どう思うのよ」


「一緒にいると、凄く暖かいんだよね。面白いし」


「寒さの嫌いな夏樹には、必要な人かもね」


「うん…… でも、今すぐ結婚って言われると……」


「そっかぁ。タイミングが悪いのかな?」


「凄く、大切な人なのかもしれないけど、多分留学しなかったら、私いつか後悔する気がする。その時、彼を深く傷つけてしまう気がする」


「う―ん。別に今結婚しないから、これでお終いって事じゃない気もするけど。留学から帰るまで待っていてもらえばいいことなんじゃないの?」


「え―。それは、あまりにも勝手な話だよ」


「そうかな?」


「だって、彼だってこれから東京だよ。しかも、なんか出世とかしそうだし。もっと、なんとか令嬢みたいな、彼にふさわしい人とかが居るのかも」


「まさかぁ。彼の想いはそんな程度じゃない気がするけどな。じゃあ、夏樹は彼がなんとか令嬢と結婚してもいいわけ?」


「多分…… 嫌……」


「バカだねぇ」


「とにかく、自分の気持ちを素直に話すしかないんじゃないの?」


「うん。ありがとう。なんか、有美のお蔭で、見えなかった物が見えた気がする」


「それは良かった」


 私は、もっと自分が成長して堂々と彼の前に立ちたいと、その時思った。


 それから私達は、グアムの想いで話しに花が咲き、しっかり飲んでしまった。