私はオフィスの自分の席から、一枚の封筒を手にし、課長の元へ向かった。


「課長、お話しがあるんですが」


「なんだ?」


「少し、よろしいでしょうか?」
 私は課長をミーティングルームへと促した。


 課長の怪訝そうな顔で腰を下ろす姿は、少し苛立っているように見えた。


 私は、机の上に『退職願』と書いた封筒を置き課長の前へと差し出した。


「えっ……」
 課長は驚いた顔で私へ目を向けた。


「今月いっぱいで辞めさせて頂きたいと思います。引き継ぎの方よろしくお願いします」


「えらく急だな……」


「申し訳ありません」


「俺のせいか?」


「いいえ。他にやりたい事が見つかったので」
 私はきっぱりと言った。


「そうか」
 課長は安堵の表情を見せた。

 きっと、自分のせいだと責められるとでも思っていたのだろう?


「夏樹……」


 私は不意に名前で呼ばれ動揺してしまった。


「こんな所で、名前で呼ばないで下さい」


「ああ、すまん…… 俺とお前はもう終わっているのか?」


「今更何を…… 課長が私から離れて行ったんでしょ。他にいい子が見つかったみたいだし」


「……」
 課長は口を閉ざしてしまった。


「お世話になりました」
 私は席を立ち、深く頭を下げた。


 部屋を出ようとした私の腕を、突然課長が掴み私の体を抱きよせた。


 私の大好きだった大きな胸……
 でも、今は冷たく感じる……


 私は課長の腕から離れ何も言わずに部屋を出た。


 この人は、自分から離れる事には何も感じないのだろうが、相手が離れて行く事には弱いのだろう…… 

 もしかすると、淋しい人なのかもしれない……




 それから、私は課長の視線が気になっていた。


 以前のように、書類を渡す際に手に触れたり、私のデスクを通り過ぎる際に頭を軽く叩いていく。
 思わず、ため息が漏れてしまった。

 隣の席の橋爪さんが心配そうに見ていた。