私は少しずつだが上達している英会話が楽しみになっていた。
 自分の夢に一歩近づいている気がしていた。

 
 最近は早めに喫茶店に入り、気に入ったトマトソースのパスタをカウンターで食べるのが習慣になっていた。

 マスターにパスタを頼むと、私は先に代金を払う。
 後にすると、彼が払うと言い出すと思うからだ… 
 英会話のレッスンをしてもらう上に、食事までご馳走になるわけには行かない。
 ただでさえ、飲み物までご馳走になっているのだから…… 
 いくら、私が払うといっても彼に断られてしまう……


 それに、カウンターに座っていると、常連のお客さん達とおしゃべりが出来て楽しい。

 
「夏樹ちゃんてさぁ、第一印象は綺麗で笑顔が可愛くて、俺らなんかが話かけられないような高嶺の花って感じがするけど、話してみると意外に気さくでおもしろい子だよね」
 常連客のおじさんに言われた。

「ええ― そうですか?」


「うん、うん。これじゃあ、海原君も夏樹ちゃんが可愛くてしょうがないだろうな?」


「えっ。そんな事は無いと思いますよ。話の流れで私に教える事になっちゃって仕方無くですよ」


「まさかぁ。夏樹っちゃんが来る前は俺達と話なんかする事も無くて、静かに本を読んでいる印象だったからなぁ。まさか、あんな笑顔で人と話す人だとは思わなかったよ。それに最近少し男らしくなった気がするし」


「そうなんですか?」


「まあ、年は少し離れているけど、海原君は優しくて誠実な男だと思うよ。夏樹ちゃんどう?」


 私は両手で包んでいたコップの水を見ながら言った。


「知っています。海原さんが優しくて誠実な人だって事は…… でも、私が誠実な人間じゃないんです。醜くてどうしようもない人間なんです。それを海原さんは知っています。だから、私の事はあまり好きでは無いと思います」
 
 
 何故か、喫茶店の中に居た全員が私の方を見た。

 えっ? 私何か変な事言った?


 マスターが何か言いかけたが、彼が喫茶店の入り口から入って来た。
 私はカウンターから奥の席へと移った。