「家はどちらですか?」
 彼の少し緊張した声が聞こえた。


「西町の、ドラッグストアーの横のアパートです」


「えっ。一人暮らし?」


「はい!」
 私はゆっくりと歩き出した。
 自分でもかなり酔っているのが分かる。
 歩道の縁石の上を歩いたり、手を広げたりしてしまう。


 自動販売機が目に入った。


「何か飲みますか?」


「はい!」
 私は歩く事に疲れフラフラとベンチに座った。


「何がいいですか? 買ってきます」


「ホットコーヒーで…… すみません」


 彼は自動販売機へと向かって行った。
 私は寒空を見上げると、色々な事が頭に浮かんできた。
 山下課長の姿を見た事と、美也さんと神谷さんの幸せそうな姿に寂しさが込み上げてきた。


「女の子が、こんなに飲んでフラフラしていちゃだめですよ……」
 彼の声に我にかえり、自分がどんな顔をしていたのうだろうと思った。


「すみません…… ご迷惑かけて」


「そうじゃないんです。そんなに飲んで歩いていたら、悪い人に連れて行かれちゃうと思って心配したんです……」
 

 彼の意外な言葉に込み上げて来ていた我慢が出来なくなってしまった。

「…………」

 私は彼に見られないよう反対を向き、唇を噛み涙を堪えていた。


「あの、いえ…… 僕は怒った訳じゃないんです。僕だって今夜は楽しかったし……」


 私は、彼に怒られて泣いている訳でない事を伝えよとしたのに、勝手に言葉が出てしまった。

「違うんです。私、本当に好きだったんです。奥さん居てもいい、でも、私は特別愛されているって…… だけど、彼にとっては大勢の中の一人でしか無かったんです。 凄く悲しくて、でも、こんな事よくあることで、彼に縋ったたらきっと、面倒臭い女だと思われると思って……。大人の女で居なきゃ、って…… ごめんんさい、こんな話……」

 私は口に出してしまったら、今まで堪えていたものが崩れてしまったかのように泣き出してしまった。

 彼は泣きじゃくる私の頭を、まるで子供をあやすように優しく撫でてくれた…… 
 あまりに暖かい手に、私は涙が止まらなくなってしまった。


「いいんですよ…… 体壊さない程度なら、いくら飲んだって泣いたって…… でも、僕の居る時にして下さい。悪い男は沢山いるんですから、連れてかれちゃいます」


 ただ、ただ心配してくれている彼の言葉は、私にはあまりにも優しくて、私の冷たくなった心を溶かしてくれるみたいだった……


 私はこの時の彼の言葉が忘れられなくなってしまった。
『僕の居る時にしいてください。悪い人に連れていかれちゃいます……』
 すごく、すごく優しい言葉です……


 『ごめんなさい…… 私はちゃんと前に進もうって思っているんです』と口に出したいのに、泣きすぎて言葉が出なかった。