私と彼は壁で仕切られた席に向き合って座った。

 私はマフラーを外すと畳んで、脱いだコートの上に置いた。


「すみません、勝手に…… イタリアンとかの方が良かったかな?」
 彼は申し訳なさそうに言った。


「いいえ、寒いし今日は鍋の気分ですよ」


「良かったぁ。何にしましょうか?」
 彼はメニューを広げて見せてくれた。


「キムチ鍋とかどうですか?」
 私はメニューを指さした。


「いいですね。他には? 何でも頼んで下さ」


 私は、ここまで来てしまったんだから仕方ない。
 布団の中で一人で泣いていても何も解決しない。
 どうせなら飲んでやろうと覚悟を決めた。


「じゃあ、トマトサラダと枝豆!」

「生ビールも、ですね?」

 
「あれ? ばれちゃいました」
 私はぺろりと舌を出した。


 私はこの時、彼が課長との事を知っていると確信した。


 ジョッキで乾杯をし、枝豆をつまみながら、キムチ鍋の煮えるのを待った。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」
 私は鍋を気にしながら言った。


「どうそ」
 彼は優しい笑顔を向けてくれた。


「いい事って、何があったんですか?」
 私は鍋から目を離し彼を見た。


「たいした事じゃいんです。今日、大手企業の担当を任されたんです」


「凄いじゃないですか!」


「凄くなんか無いんです。僕の歳なら当たり前の事です。でも、僕初めて本気で仕事したんです。呆れちゃいますよね?」


「どうして、本気で仕事しようと?」


「情けない話、後輩に怒られたんです。本気で仕事しろ、って」


「もしかして神谷さんですか?」


「どうして分かったんですか?」
 彼は驚いた顔をした。


「う―ん。チャラチャラしいるように見えるけど、仕事に対しては半端じゃない気がするし、運動をやっていらしたんじゃないですか? 部活とかで心も鍛えられた人かなって…… だから、半端な事が許せないんじゃないかな?」


「そうなんです。僕よりしっかりした後輩です」

 彼は、自分を怒った後輩の事を悪くは言わず逆に認めていた。
 
 カッコつけている訳でも無く、僻んでいるようでもない。

 ただ純粋に相手を認めている気がした。