キミの音を聴きたくて



まさか、まさか……。
ううん、そんなわけがない。



一瞬でも、私と同じだなんて思ってしまったことが情けない。



先輩が私みたいにいつまでも逃げているような人には見えないし。




「それなのに彼女いないの、どうしてかな。
絶対モテるのにさ」



なんて独り言のように呟く彼の言葉に、どうしようもできない胸騒ぎを覚える。



やっぱり彼女いないんだ。
なんて、そんなことは一瞬しか思わない。




それよりも、どうして弾かないんだろう。
天音先輩にも、何か事情があるんだろうか。
その疑問だけが頭の中を巡る。



きっと率直に尋ねてみても、冷たい言葉で突き放されるんだろう。



だって彼は、相手には踏み込もうとするのに。
自分のことには一切触れさせない人だから。




それなのに、知りたいと思ってしまう私は、なんなんだろう─────。





文化祭まで、残り3日。
準備は順調に進んでいる。




私の仕事は、アドバイスをしたり、放課後みんなより少し遅く残って話し合いをしたりするだけ。



みんなをまとめて指示を出したりするのは、全て錦戸くんがしてくれている。




音楽のことについて携わりたくはなかったけれど、何もしないというわけにはいかず。
結局私は作詞をすることになった。




錦戸くんに頼ってばかりで申し訳ないから、せめてこれだけはしなければならない。



もちろん私ひとりで作るわけではないけれど、どうせするなら素晴らしいものを作りたい。



それに、人の意見を聞くことは苦手だから、隣の席の彼にはいつも感謝している。
私は私にできることをするしかない。





「ねぇ、陽葵ちゃんっ」



今日も文化祭準備が終わり、錦戸くんと少し残って疲れ果てて帰ろうとしたとき。



錦戸くんとふたりで学校を出ようとした私の前には、日々ちゃんがいた。



「日々ちゃん?」



「文化祭、一緒に回ろ?」



上目遣いで見上げる日々ちゃんからの誘いを断る理由なんてない。



それに、こんな私と一緒に回りたいって言ってくれるんだもの。
やっぱり彼女は優しい人だ。




「うん、もちろん」



日々ちゃんのようにかわいらしい笑みなんてつくれないけれど、精一杯の笑顔をつくる。




このやりとりを隣で見ていた錦戸くんは、 「いいなー」「俺も回りたいなー」などとアピールしている。



けれど、日々ちゃんはプクッと頬を膨らませている。




「ダーメ。
陽葵ちゃんは私とデートするんだからっ」



デート、だなんて。
日々ちゃんにそう言ってもらえて嬉しい気持ちと、もうひとつの感情が渦巻く。



天音先輩の言葉を思い出して、胸がドクリと嫌な音を立てた。



「私は、陽葵ちゃん達が来るのを待っていたんだよ?」



だから、私の勝ちだもん。



かわいらしい口調でそう訴えて、日々ちゃんは私の腰に手を回す。



私が男子だったなら、きっと恋に落ちているレベルだろう。
……恋なんて、したこともないけれど。




「ほら、陽葵ちゃんからも言ってあげて?」



「えー」とふざけたように不満をこぼす錦戸くんを前に、日々ちゃんが訴える。



えっと、急に話を振られても困るんだけれど。
とりあえず、ここは日々ちゃんに便乗しておこう。




「ごめんね。
錦戸くんは、他の人と回ってくれる?」



……なんだか、無難だ。
私って本当に面白くない。



自分で言ってからまた後悔する。
こんな私と一緒にいても、楽しくないに決まっている。



もっと私が、対話能力が高い人だったなら。
もっと私が、つまらない人間じゃなかったなら……。



そんな叶わない夢を考えて自己嫌悪に陥っているのは、いつからだっただろう。





「ははっ、やっぱり音中さんって面白いな」



「え?」



突然聞こえた錦戸くんの言葉に耳を疑う。
今のは、聞き間違いだろうか。



面白い?
そんな要素なんて、ひとつもなかったはずなのに。




「陽葵ちゃんの真面目な受け答えが、逆に面白いんだよー?」



顔を見れば日々ちゃんも笑っているけれど、私にはわからない。



きっと彼らの笑いのツボは、私には理解できないところにあるんだろう。




だって、今の返答のどこに面白い要素があったって言うの?



私の顔を見て、話を合わせているに違いない。
そうは思うけれど。



「日々ちゃん、錦戸くん」



こんなにも、居心地がいいと思ったのは。
私のことを受け入れてくれたのは。
ふたりが初めてだ。



だからこそ、私も恩返しがしたい。
ふたりの期待に応えたい。




「こんな私と一緒にいてくれて、ありがとう」



なぜか伝えたくなってしまった。
自然と感謝の言葉が口から出てくる。



思い立ってすぐに行動に移すようなタイプではないのに。



そうしたのはきっと、私にも友達がいるとふたりが教えてくれたから。




そして。



『お前にだけは、本性を見せられそうだな』



仮面を被った天音先輩が、そんな本音を見せてくれたから。



「もう、陽葵ちゃんったら」



「俺達が音中さんと一緒にいたいだけだよ。
な?」



そう笑って、錦戸くんは日々ちゃんに同意を求める。
日々ちゃんもそれに大きく頷いた。



あぁ、どうしてだろう。
今、こんなにも胸があたたかい。





「文化祭、頑張ろうなっ!」



愛想良く笑顔をつくって会話することなんて、できない。
本心をさらけ出すことも、できない。



けれど、私の居場所はここにあると教えてくれた人達だから。




「うん」



いつか、話せるときがくるならば。
ふたりには笑顔で背中を押してほしい。



そして、この笑顔を壊したくない、と。
守りたい、と。
その原動力があればなんでもできると強く思えた。





◇◆◇




そして、ついに文化祭当日。
私はなんと、プロデューサーに任命されていた。



錦戸くんはバンドのメンバーであるため、本番は私が裏で指示を出したり、衣装や楽器の最終調整をしたりする。



そんなかなりの大役を任されてしまった。
表舞台には立たないけれど緊張する。




でも、本番前の最終リハーサルをしていたとき。
事件は起こった。





「嘘だろ!?」



「じゃあ、どうするの?」




私が裏で衣装の確認をしていると。
表のステージから、困惑したような騒がしさが耳に入った。



どうやら大きな騒ぎになっているらしい。
足を運ぶクラスメートにつられて、私も表へ出ていく。



一体何があったんだろう。
本番前にトラブルなんて、心配だ。



「本当に、ごめんなさい……」



ステージ上にはバンドのメンバー5人がいて、裏方の仕事の人も下から見ていた。



その中心にはボーカルの相川さんがいて、顔が赤くなっている。
立つこともままならないほど、どうやら体調が悪いようだ。




そんな彼女を囲んで、頭を悩ませているのは。
ギターの錦戸くん、ドラムの鶴本くん、ベースの月野さん、キーボードの米田くんだ。




相川さんは、音楽の授業で聴くだけでも歌が上手だとわかるくらいに綺麗な歌声らしい。



もっとも、私は音楽の授業に出ていないからわからないけれど。



見た目もかわいく、歌声や振りも格段に上だからボーカルに選ばれたとのことだった。




けれど、そんな彼女には裏の顔があるらしい。
それは、高校1年生でアイドルとして活動しているという噂だ。



本当かどうか定かではないけれど、彼女の容姿ならアイドルでもやっていけそうだ。



確かに欠席も多いから、その噂は本当なのかもしれない。