キミの音を聴きたくて



言い返そうとしたときにはもう遅く、既に先輩は1番前にある生徒会長席に着いていた。



錦戸くんも嵐のように去っていった彼には驚きを隠せていないようだ。



……今日も掴めなくて、不思議な人。
でも、あの日の “ デート ” は夢じゃないんだと改めて感じた。




出かけたときに、天音先輩のことは信頼できる人だと思い直した。
でも、だからといって好き嫌いは別問題だ。



私はやっぱり彼が苦手で、この事実はきっと変わらないと思う。





「生徒会長って、かっこいいよな。
音中さん、知り合いだったんだ?」



話の流れからすると、当然の質問だろう。
あの生徒会長と私に接点があったことに驚くのが普通だ。



錦戸くんは、彼と話すときに頬を赤く染めていたから。
……憧れている、なんてこともあるのかもしれない。



私だって、かっこいいとは思う。
けれど、憧れなんて絶対にもたない自信がある。




「うーん、まぁ」



でも、あまり触れられたくはなかったので曖昧にそう答えた。



サボっているときに知り合った、なんて言ったら彼の信頼がなくなってしまいそうだし。



「てか、デートって?」



「なっ、それは……!」



天音先輩が勝手にそう言っているだけで、デートなんかじゃないよ。
そう言おうとして、どこかから視線を感じた。




どこからか、なんて見なくてもわかる。
離れていて声は聞こえないけれど、それでも悟ることができるほどその効果は大きい。



……天音先輩が不気味な笑顔を貼りつけてこちらを見ている。
きっと、錦戸くんは気づいていない。



つまり、言うなってことだろう。
距離は離れているのにその威圧が伝わってくるなんて、本当に彼は何者なんだろう。




「あはは、なんだったっけ」



通じないとは思うけれど不自然に誤魔化して乗り切る。
やっぱり錦戸くんはどこか納得していない様子だ。



そんな彼はそのままにして、辺りに目を配る。
先輩からの鋭い視線はもう外れたようだ。



会議室の席はほとんどいっぱいになっていた。




「気をつけ。
これから、文化祭実行委員会を始めます」



騒がしかった部屋とは一変し、真剣な雰囲気で始まった委員会。




さっきまで話していた天音先輩は、別人のように的確な指示を出して進めていく。



やっぱり彼は、人をまとめることに秀でているんだと実感した。
この学校の顔でもある生徒会長にはぴったりだと思う。





まずは自己紹介。
その次は、クラスで支持者が多かった出し物について発表した。



私達のクラスは無事ステージ発表に決まり、今日はひとまず解散となった。





「ふぅ……。
音中さん、お疲れ」



「うん、錦戸くんも」



軽く言ってみたけれど、確かにハードで疲れたかもしれない。



委員会に入った経験のない私には、かなりの重労働だったように思える。



「それにしても、天音先輩ってすごいよな」



すごい。
その言葉だけでは表せないほど、彼はいろいろな才能がある。



確かにすごいとは思うけれど、面と向かって言う気にはなれない。




「運動も勉強もできて、昔はピアノも弾いていたらしいよ。
もう、完璧人間だよなー」



「え……?」




完璧人間。
それは、否定できない。



完璧な人なんているはずがないけれど、彼は完璧に近い人だと思う。



そんなことを本人に言ったら、「外面しか見ていない」とか言われそうだけれど。





それよりも私が気になったのは、錦戸くんのもうひとつの言葉だ。



天音先輩がピアノを……?
でも、私と同じで音楽の授業には出ていないはずだ。



まさか、まさか……。
ううん、そんなわけがない。



一瞬でも、私と同じだなんて思ってしまったことが情けない。



先輩が私みたいにいつまでも逃げているような人には見えないし。




「それなのに彼女いないの、どうしてかな。
絶対モテるのにさ」



なんて独り言のように呟く彼の言葉に、どうしようもできない胸騒ぎを覚える。



やっぱり彼女いないんだ。
なんて、そんなことは一瞬しか思わない。




それよりも、どうして弾かないんだろう。
天音先輩にも、何か事情があるんだろうか。
その疑問だけが頭の中を巡る。



きっと率直に尋ねてみても、冷たい言葉で突き放されるんだろう。



だって彼は、相手には踏み込もうとするのに。
自分のことには一切触れさせない人だから。




それなのに、知りたいと思ってしまう私は、なんなんだろう─────。





文化祭まで、残り3日。
準備は順調に進んでいる。




私の仕事は、アドバイスをしたり、放課後みんなより少し遅く残って話し合いをしたりするだけ。



みんなをまとめて指示を出したりするのは、全て錦戸くんがしてくれている。




音楽のことについて携わりたくはなかったけれど、何もしないというわけにはいかず。
結局私は作詞をすることになった。




錦戸くんに頼ってばかりで申し訳ないから、せめてこれだけはしなければならない。



もちろん私ひとりで作るわけではないけれど、どうせするなら素晴らしいものを作りたい。



それに、人の意見を聞くことは苦手だから、隣の席の彼にはいつも感謝している。
私は私にできることをするしかない。





「ねぇ、陽葵ちゃんっ」



今日も文化祭準備が終わり、錦戸くんと少し残って疲れ果てて帰ろうとしたとき。



錦戸くんとふたりで学校を出ようとした私の前には、日々ちゃんがいた。



「日々ちゃん?」



「文化祭、一緒に回ろ?」



上目遣いで見上げる日々ちゃんからの誘いを断る理由なんてない。



それに、こんな私と一緒に回りたいって言ってくれるんだもの。
やっぱり彼女は優しい人だ。




「うん、もちろん」



日々ちゃんのようにかわいらしい笑みなんてつくれないけれど、精一杯の笑顔をつくる。




このやりとりを隣で見ていた錦戸くんは、 「いいなー」「俺も回りたいなー」などとアピールしている。



けれど、日々ちゃんはプクッと頬を膨らませている。




「ダーメ。
陽葵ちゃんは私とデートするんだからっ」



デート、だなんて。
日々ちゃんにそう言ってもらえて嬉しい気持ちと、もうひとつの感情が渦巻く。



天音先輩の言葉を思い出して、胸がドクリと嫌な音を立てた。



「私は、陽葵ちゃん達が来るのを待っていたんだよ?」



だから、私の勝ちだもん。



かわいらしい口調でそう訴えて、日々ちゃんは私の腰に手を回す。



私が男子だったなら、きっと恋に落ちているレベルだろう。
……恋なんて、したこともないけれど。




「ほら、陽葵ちゃんからも言ってあげて?」



「えー」とふざけたように不満をこぼす錦戸くんを前に、日々ちゃんが訴える。



えっと、急に話を振られても困るんだけれど。
とりあえず、ここは日々ちゃんに便乗しておこう。




「ごめんね。
錦戸くんは、他の人と回ってくれる?」



……なんだか、無難だ。
私って本当に面白くない。



自分で言ってからまた後悔する。
こんな私と一緒にいても、楽しくないに決まっている。



もっと私が、対話能力が高い人だったなら。
もっと私が、つまらない人間じゃなかったなら……。



そんな叶わない夢を考えて自己嫌悪に陥っているのは、いつからだっただろう。





「ははっ、やっぱり音中さんって面白いな」



「え?」



突然聞こえた錦戸くんの言葉に耳を疑う。
今のは、聞き間違いだろうか。



面白い?
そんな要素なんて、ひとつもなかったはずなのに。




「陽葵ちゃんの真面目な受け答えが、逆に面白いんだよー?」



顔を見れば日々ちゃんも笑っているけれど、私にはわからない。



きっと彼らの笑いのツボは、私には理解できないところにあるんだろう。




だって、今の返答のどこに面白い要素があったって言うの?



私の顔を見て、話を合わせているに違いない。
そうは思うけれど。