キミの音を聴きたくて



「……ふふ」



「は?」



ダメだ、なぜだか笑いが堪えられない。
感情が壊れたみたいに抑えが効かない。




肩を震わせて、必死に笑いをしずめようとするけれど、間に合わないようだ。



天音先輩なんて苦手だし、嫌いだ。
面と向かってはもう言わないけれど、心の中でそう留めておこう。




「ふふ、あははっ……天音先輩ってやっぱり面白いですね」



「何言ってんだ、お前。
この話の流れからどうしてそうなった」



冷静なツッコミが入る。
普段の私なら気を悪くしたり、また挑発にのってひとりで葛藤を繰り広げたに違いない。



でも、今の私は少し違う。
彼の発言に対して、そんな風に抗おうとは思わない。




「先輩は前に、私の考えていることなんてお見通しって言いましたよね?」



「あぁ」



いきなり笑い始めた私にまだ驚いているのか、戸惑いながら返事をしている。



「でも、天音先輩も……あからさまに態度に出ていますよ?
話したくない、って拒絶しているように見えます」



「……っ」




私の正直な言葉に、彼が息をのんだ音が聞こえた。
悔しそうに唇を噛み締めている。



ポーカーフェイス、としか言い表せない彼の心を読んだ人なんて、この世で限られているに違いない。



どんなに彼のことをよく見ていても、きっと心に影がある人しか悟ることはできないだろう。





彼が冷たいのは、もちろん私に対してだけではない。



生徒会長だから話しかけられることもよくあるだろうけれど。
私が見た限りでは、どれも鬱陶しそうにあしらっていた。



けれど、体も無意識のうちに拒絶しているのだと、今の私ならわかる。




そうやって、他の人の前ではいい人の皮を被って。
生徒会長なんていう大役まで受け持って。



本当の自分を隠しているんでしょう?
心の中では、ひとりで何かを抱えているんでしょう?



「……そんなわけ、ねーだろ」



ほら、動揺すると口調が荒くなる。
これも彼の特徴といえるだろう。



そんな変化に気づけて、私の口角が少し上がった。
それに気づいて、慌ててそっぽを向いた。




「……カフェでも行くか。
急げ」



いきなり話題を変えたり、目を見ずに話しかけたり。
やっぱり、素直じゃないな。
この人は。





それから、私達はカフェや街中を巡った。



帰りは家の近所まで送ってもらったけれど、なんだか様子がおかしかったので途中までにしてもらった。




今日1日で、天音先輩の新しい一面を知れた気がする。
でも私達の間には、何か壁がある。



私も先輩も、お互いに壁をつくって一線引いた状態で接している。



だからこそ、こんなに歪で不自然な関係になっているんだと思う。



苦手だったけれど、今は……。
久しぶりに軽い気持ちのまま、私は眠りについた。





「はぁ、暑いねぇ……」



「うん、そろそろ休憩しよう」




今私は、日々ちゃんと一緒に勉強中。
1週間後にテストを迎える私達は、必死になって勉強している。



けれど、うだるような暑さに負けて勉強があまり手につかないのも事実ではある。



ということで、地域の図書館に来て、効き目が絶大な冷房に当たりながら勉強している。



……といっても、今までの復習を少しすれば点数をとれることはわかっているから。
これといって何時間も勉強することはない。




「陽葵ちゃんはすごいね。
そんなに勉強できるなんて、羨ましいよ」



「別に、私は……」




あの日から、他のことなんて何も手につかなくなった。



気を紛らわせるためには、そのことを考えないように他のことに没頭する必要があった。



そこで私が選んだのが、勉強だった。
勉強する以外に選択肢なんてなかった。
ただそれだけだ。



入学してから既に3ヶ月は経っている。
学校生活はぼちぼち上手くやっている。



日はどんどん高くなっていき、もう少しで夏休みという時期にまでなった。




日々ちゃんや錦戸くんに出会ってからは、毎日が本当に充実している。



1日が過ぎていくのが早くて、寝る前には明日のことを想像して楽しくなる。



もうあの日のことを思い返すことなんてなくなっていた。
そして、天音先輩のことだって頭から抜けていた。




そんな平穏な毎日が続いていた。



────続いていくと、思っていた。




◇◆◇





「陽葵ちゃんっ、テストどうだった?」



テストの答案が返された途端、バッと抱きついてきた日々ちゃん。



その勢いで机がガタンと音を立てるも、彼女は気にしていない様子。
よっぽど嬉しいことがあったんだろうな。



あぁ、かわいい。
やっぱり日々ちゃんと一緒にいると癒される。



「まあまあ、かな」



無難にそう答えたけれど、日々ちゃんはそれどころではなく自分の話を聞いてほしそうにしている。



あからさまに態度に出ていて、やっぱり微笑ましい。




「日々ちゃんは?」



話題を振ると、キラキラと目を輝かせて。




「あのねっ、学年で半分より上だったよ!」



嬉しそうに弾けた顔で笑った。



なんて綺麗な笑みなんだろう。
翳りなんてどこにも見当たらない。





そういえば、と。
入学したばかりの頃に言っていた言葉を思い出す。



『勉強は苦手で、今まで学年での順位は半分以下なんだ』



確か、そう言っていた。



そんな彼女が半分より上の順位をとれたこと。
なんだか自分のことのように嬉しく思える。



それは。



「日々ちゃん、本当に頑張っていたもんね」




確かに私は教えたけれど、それは彼女が頑張ろうとする姿に胸を打たれたから。



苦手なことを努力して克服しようとする試みが大切だ。
私はただ見守っていただけ。



最後まで粘り強くやり抜いたのは、彼女の実力だ。
それだけは強く言い切れる。




「そう、かな?
それでも、陽葵ちゃんのおかげだよ」



いつまでも謙遜し続ける彼女に苦笑いをしながらも、自分の答案に視線を移す。




「それで、陽葵ちゃんはどうだった?」



どうだったと聞かれれば、もちろん「普通」と答えるだろう。
なぜなら本当に普通だったのだから。



どんなに勉強ができたって。
努力していたって。



関係ないんだよ、そんなこと。
私が望むものはもう手に入らないんだから。



「えっと、300点満点中……え!?」



「ど、どうしたの?」



必死に計算を始める日々ちゃん。
難しい顔をして、私の答案と向き合っている。



今の驚きようは一体なんだったんだろう。
彼女が今までにない大きな声をあげて、しかもポカンと口を半開きにしている。




「に、に、296点!?」



やっと計算を終えたらしい日々ちゃんが、引き算の方が早いじゃん、とこぼす。



そっか、296点か。
入試よりも1点低かった。




「す、すごいよ、陽葵ちゃん!
学年1位だって!」



その声とともに、私の回りには一瞬にして人だかりができた。




「すごい!」「さすが!」「天才は違うな」



そんな褒め言葉のつもりのようなものが教室中を飛び交う。



でも心には響かない。
だって、どんなに勉強ができても今の私には意味がないんだから。



「音中さん、学年1位って本当?」



ついには隣の席の錦戸くんにまで尋ねられて、あしらうのが大変になってしまった。



もうこんな経験は懲り懲りだ。




「あはは、まあね」



曖昧に答えると、錦戸くんもやっぱり瞳を輝かせて「いいなー」と嘆く。




勉強?
そんなものしていない。



真面目そうに見えるかもしれないけれど、私の頭の中は勉強だらけなんかではない。



むしろ、勉強はあまり好きではない方。




「……でも、大変なんだよ」



誰にも聞こえないくらいのか細い声で呟く。



日々ちゃんにだって錦戸くんにだって、私のこんな感情は気づかれたくない。



気づかれたらきっと、私は嫌われてしまうから。

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