キミの音を聴きたくて



「会長?
……ここは学校じゃないよ」



学校じゃないけれど、会長には変わりないですよね。



そう返そうかとも思ったけれど、こんなに真面目な表情を見たらそんなことは言えなかった。




まるで、“ 会長 ” と呼ばれることを拒否しているかのよう。



でも、生徒会長って自分で立候補してなる役職でしょう?



それならどうして、大役に挑戦しようと思ったんだろう。



責任を感じて?
それとも、何かを変えるために?




いくら考えても当時私はその場にいなかったわけだから、答えなんて出ない。



代わりに、気づけば目の前には彼の瞳があった。
綺麗なのに、どこか切なげな……。
やっぱり何かを隠そうとしている瞳だ。




「天音、先輩」



この名前を呼ぶと、なぜだか不思議な気がしてならない。



しっくりしなくて、また「天音先輩……」とひとりでに呟く。



「よく言えたな」



そう言って、天音先輩は私の頭を撫でた。



そして、いつものような嘘の笑顔じゃない、自然な顔で笑った。




「なっ、何するんですか」



いきなり女子の頭に触れるなんて、馴れ馴れしい。
彼の手を急いで振り払って、距離を置く。



やっぱりこの人は苦手。
体がそう訴えている。




「何って、軽いスキンシップだよ」



……なんだか意外だった。




てっきり彼女がいるものだと思っていたから、“ デート ” という名目で歩いていることも。



こうしてスキンシップをとろうとしてきたことも。



天音先輩は一見かっこよくてモテそうだけれど、クールで掴みどころがない人だから。



気軽に今みたいなことをするような人ではないと、勝手に思っていた。



「……やっぱり、同じだな」



同じ、って何がですか。
喉まで出かかったその言葉をのみ込む。




この寂しげな表情の裏には一体何が隠されているんだろう。
私にはわからないし、知りたいとも思わない。



ただ、私と同じく何かを抱えているんだということだけはわかった。




「じゃ、行こうか」



慣れた手つきで私の腕を引く天音先輩を振り払って、視線で訴える。



だから、そんな風に気軽に体に触ってほしくないのに。
回りの視線は関係なく、私の体が拒絶している。




「行く、ってどこにですか」



そう言われて気がついた。
目的地も提示されていないのに、私はどうしてここまで来たんだろう。



しっかり考えればわかることだったのに、やっぱり気持ちが乱れているみたいだ。



そんな初歩的なことも考えられなかったなんて。
私にどれだけ余裕がなかったのかが手に取るようにわかってしまう。



「それは、着いてからのお楽しみ」



そう言って天音先輩は人差し指を立てて口元に運ぶ。



その姿すらも様になっていて、認めたくはないけれどかっこいい。



でも、行き先も教えてくれないなんて、私をからかっているに違いない。




「音中さんも気に入るだろうから、大丈夫」



そんなことを言われても、彼に私の趣味を教えたわけでもあるまいし。
都合のいい言葉だけで騙されるはずがない。



そして、そんな機械のような整いすぎている笑顔にも決して騙されない。




「そうですか」



このまま冷たい顔で睨みつけているのも疲れるので、無難な相槌を打っておく。



そんな私の考えを悟ったのか、天音先輩はまたフッと笑って、顔を落とした。



何も面白くないのに。
笑うなんて、本当につまらない人だ。





「さぁ、ここだよ」



「え……」




休日の街中。
人だかりをかき分けて歩いていくと、着いたのは大きな広場。



そこでは歌う人、踊る人、演奏する人などがいて、さまざまな “ 音楽 ” に触れることができる。




どうしてこんな場所に私をつれて来たの……!
心の中で感情的になりながら、彼を睨みつける。



彼だって音楽には携わりたくないはずなのに。
だから授業をサボっているんでしょう?



それなのにここへ来るなんて、本当にわからない人だ。
そして、それと同時にまた恐怖がよみがえる。




そう、ここは私の思い出の場所。
けれど、もう2度と訪れたくなかった悲しみの場所。



……あぁ、もう頭が痛い。
耳を塞ぎたい。




今はもう色づくことなどない私の世界。



あの頃の世界は、あんなにも輝いていたのに。
今はもう、どんなに願っても戻れない。



「どうして……」



「俺に近づく奴は猫を被った奴ばかりだ。
だから俺も、仮面をつけて接している」



猫?仮面?
いきなりなんの話?




「でも、お前にだけは本性を見せられそうだな」



今だって動揺を隠しきれない。



どうして天音先輩がこの場所を知っているのか。
そして、どうして私も気に入る、だなんて嘘をついたのか。



その理由がどうしてもわからない。
でもきっと、この人は……以前から私のことを知っている。




やっぱり彼のことは苦手。
私の心をどこまで読んでいるのか、わからないから。



心は無表情なのに、無理にでも笑みをつくろうとするところも。
全て計算済みだとでも言うようにフッと笑うところも。



全てが不思議で、奇妙で、大嫌い。
でも、この人は確かに面白い。



「……ふふ」



「は?」



ダメだ、なぜだか笑いが堪えられない。
感情が壊れたみたいに抑えが効かない。




肩を震わせて、必死に笑いをしずめようとするけれど、間に合わないようだ。



天音先輩なんて苦手だし、嫌いだ。
面と向かってはもう言わないけれど、心の中でそう留めておこう。




「ふふ、あははっ……天音先輩ってやっぱり面白いですね」



「何言ってんだ、お前。
この話の流れからどうしてそうなった」



冷静なツッコミが入る。
普段の私なら気を悪くしたり、また挑発にのってひとりで葛藤を繰り広げたに違いない。



でも、今の私は少し違う。
彼の発言に対して、そんな風に抗おうとは思わない。




「先輩は前に、私の考えていることなんてお見通しって言いましたよね?」



「あぁ」



いきなり笑い始めた私にまだ驚いているのか、戸惑いながら返事をしている。



「でも、天音先輩も……あからさまに態度に出ていますよ?
話したくない、って拒絶しているように見えます」



「……っ」




私の正直な言葉に、彼が息をのんだ音が聞こえた。
悔しそうに唇を噛み締めている。



ポーカーフェイス、としか言い表せない彼の心を読んだ人なんて、この世で限られているに違いない。



どんなに彼のことをよく見ていても、きっと心に影がある人しか悟ることはできないだろう。





彼が冷たいのは、もちろん私に対してだけではない。



生徒会長だから話しかけられることもよくあるだろうけれど。
私が見た限りでは、どれも鬱陶しそうにあしらっていた。



けれど、体も無意識のうちに拒絶しているのだと、今の私ならわかる。




そうやって、他の人の前ではいい人の皮を被って。
生徒会長なんていう大役まで受け持って。



本当の自分を隠しているんでしょう?
心の中では、ひとりで何かを抱えているんでしょう?



「……そんなわけ、ねーだろ」



ほら、動揺すると口調が荒くなる。
これも彼の特徴といえるだろう。



そんな変化に気づけて、私の口角が少し上がった。
それに気づいて、慌ててそっぽを向いた。




「……カフェでも行くか。
急げ」



いきなり話題を変えたり、目を見ずに話しかけたり。
やっぱり、素直じゃないな。
この人は。





それから、私達はカフェや街中を巡った。



帰りは家の近所まで送ってもらったけれど、なんだか様子がおかしかったので途中までにしてもらった。




今日1日で、天音先輩の新しい一面を知れた気がする。
でも私達の間には、何か壁がある。



私も先輩も、お互いに壁をつくって一線引いた状態で接している。



だからこそ、こんなに歪で不自然な関係になっているんだと思う。



苦手だったけれど、今は……。
久しぶりに軽い気持ちのまま、私は眠りについた。