キミの音を聴きたくて



「音中さんって真面目ちゃんって感じなのに、面白いよなー」



さっきの発言の、何が面白かったんだろう。



私にとっては不思議でならないけれど、錦戸くんのツボにハマったらしい。




隣でいつまでも笑い続ける彼に、つられて私も笑ってしまう。



「ふふっ。
錦戸くん、笑いすぎ」



口を手で押さえて笑いをこぼすと、錦戸くんはポカンと口を開けて私を見ていた。



……え?
どうして彼の動きが止まっているんだろう。



もしかして、私が笑ったら変だった?
そんなに堅いイメージだった?




男子で私に話しかけてくれるのは彼だけ。



冷たく流すこともあるけれど、話しかけてくれることで元気づけられる。



隣の席のよしみというものが大きいに違いないけれど。
彼に救われているのも事実だ。



「……破壊力、やばすぎ」



ボソッと呟いた錦戸くんの顔は赤くなっていて、何が起こったのかわからなかった。



やっぱり変なこと言った?
私は笑わない方が良かった?




そんな複雑な思いを巡らせていると。



「音中さん、笑っていた方がいいよ!
その方が絶対かわいいからさ」



なんて、ニコッと言ってのける彼に、なんだか私まで照れくさくなった。




かわいいだなんて、もちろんお世辞だってわかっている。



人前で笑ったり感情を出したりすることは苦手だ。



それでも楽しいことがあれば笑うし、辛いことがあれば誰かに頼りたくなる。
それはみんなと変わらない。



でも、ムードメーカーの彼にそう言ってもらえると、少しはクラスに馴染めたんじゃないかと嬉しくなる。



「あ、ありがと」



照れたように笑う彼と目が合って、示し合わせたようにふたりでまた笑う。



ダメだ。
錦戸くんといると笑いが止まらない。



あのことがあってから、こんなに笑ったのは初めてかもしれない。




こうして、自然に人を笑わせられる人ってすごいと思う。



私にはそんな対話能力はないし、大概面白みのない人だと言われる。



その通りだから気にはならないけれど、やっぱり話し相手がいないと複雑な心境になる。



だからこそ、日々ちゃんや錦戸くんのように、誰とでも分け隔てなく話せる人は尊敬する。




隣の席が、笑顔にさせてくれる人で本当に良かった。



それから、授業開始のチャイムが鳴るまで、私はずっと錦戸くんと話していた。




◇◆◇




昼休み、家から持ってきたお弁当を教室で広げる。




「陽葵ちゃん、一緒に食べよう」



こうやって日々ちゃんに誘われるのは未だに慣れないけれど。
友達とこうして食べることが、本当に楽しい。



机を合わせて、ふたりで並んで食べ始める。



今日のお弁当の中には、私の好きな具材がたくさん入っている。
口に運ぶと……やっぱり美味しい。



「陽葵ちゃんのお弁当、いつもすごいよね。
お母さんが作ってくれているの?」



その質問に、一瞬顔が強ばった。



日々ちゃんには悪気なんて全くない。
でも、無邪気な顔で聞いてくるなんて心が痛くなる。




咄嗟に笑顔をつくって。



「……うん、そうだよ」



渇いていた喉を潤すように、お茶を流し込む。



「そうなんだね。
私は、年の離れたお姉ちゃんが作ってくれているんだ」



────お姉ちゃん。




他の人にとっては、何気ない会話だと思う。



ただ自分の家族の話をして、楽しいことを共有する。



そんなの生きていれば誰だって体験するし、今までだってないわけじゃなかった。



それなのに、こんなに過剰に反応してしまうのは、私が─────。




「そっ、か。
いいお姉さんだね」



それしか言えなかった。
これ以外の返答なんてできるはずがない。




彼女のお弁当には、彼女の好きそうなかわいらしい物がたくさんある。



前に “ キャラ弁 ” とやらが入っていたときは、恥ずかしがりながらも美味しそうに食べていた。



きっと彼女は家でも家族に愛されているんだ。




でもお願い、触れないで。
これ以上この話はしたくない。



ねぇ、お願い。



「陽葵ちゃんは、兄弟とかいるの?」




………わかっている。



日々ちゃんは、悪くない。
悪いのは、私なんだ。



この質問をされて答えられないのも、私のせい。
その事実だけは、あの日からずっと変わらない。




彼女はきっと、毎日お弁当を作ってくれるお姉ちゃんのことが大好きなんだろう。



だから嬉しそうにお弁当を口に運んでいるんだ。
そんな存在がいるなんて、羨ましい。




「……私は、いないよ」




それだけ答えた後は、どんな話をしたのか覚えていない。




会話は成り立っていたんだろうか。
不自然に思われなかっただろうか。



笑みを繕うことで精一杯で、それどころじゃなかった。



不安が募っていくばかりで、他のことなんて何も考えられなかった。




◇◆◇




ひとりきりの教室。



静かな空間に身を任せ、心を落ち着かせていると、遠くから声が聞こえてくる。




「音中さーん」



「陽葵ちゃーん」




廊下から響いてくるこの声は……錦戸くんと日々ちゃんものだ。



私を探しに来たんだろう。
別にいいって言ったのに。



別に、ふたりのことが嫌いなわけじゃない。
逃げているわけでもない。




でも今は。
今だけはひとりでいたい。
誰にも見つかりたくない。



もしも見つかってしまったら、全てを口に出してしまいそうだから。



彼らに隠しごとなんてしたくない。
でも、それで嫌われるよりはよっぽどいい。



お願いだから、私を探さないで。



そんな願いも虚しく。



「やっぱり教室にいたか」



「陽葵ちゃん、一緒に行こ?」



騒がしい声と大人しい声が、教室のドアを開けた。




次の授業は、音楽。



だから私は『出ない』って言ったのに。
このふたりは、それでも私を誘おうとここまで戻ってきたらしい。




「私は、行かないよ」



何か聞かれる前に、ひとりでに答えた。




私が彼らに何も話していないのが悪い。
でもそんな勇気はない。



だから、隠し続けるしかないの。
後ろめたい気持ちはもちろんあるけれど、仕方がないことだ。




音楽の授業なんて受けたくない。
音楽なんてもう聴きたくない。



あんなことをしてしまった私に、音楽と関わることは許されない。



「なぁ、どうして音中さんは音楽の授業だけ出ないんだよ?」



その言葉が、私を心配して言ってくれているのは伝わってくる。



どうして彼らはこんなに優しいんだろう。
裏切り者の私には居場所なんてないのに。




みんなに迷惑をかけたいわけでも、構ってほしいわけでもない。



むしろ、こうして迎えに来てくれているのに応えられないことが申し訳ない。



それでも。




「音痴だから、音楽は嫌いなんだよね。
だからサボっているの」



これだけは、この秘密だけは。
打ち明けるわけにいかない。



ふたりは誰にも言いふらしたりしない。
そんなことはわかっている。




でも、これ以上問い詰められると、ボロが出てしまいそうで。



この嘘に気づかれないよう、なるべく自然に笑顔でそう返した。