キミの音を聴きたくて



「えっと……そうでしたっけ?」



「覚えていないのかよ……。
まあ、その笑顔が澄恋に似ていたんだ」



笑顔が似ている、だなんて生まれて初めて言われた。




小さい頃から私達は仲が良かった。



けれど、性格はあまり似ていない。




お姉ちゃんはかわいくてスタイルも良くて明るかった。



何もかも揃っているから、もちろん評判も良かった。




それに対して私の取り柄は勉強と歌だけ。



かわいげもない性格から、お姉ちゃんと比べられて無愛想だと言われたりもした。




その度に、少しお姉ちゃんを羨ましくも妬ましく思っていた。



口に出したことはなかったけれど、いつからかお姉ちゃんの先を歩きたいと目論んでいた。



「ああ。
本当にありがとな、陽葵」



「そんな、私は何も……」




私はただ、自分の気持ちをそのまま言っただけだ。



天音先輩が夢を諦める姿なんて見たくなかった。



彼がピアノを弾いている姿を見たかった。
それだけなんだから。




「俺、音大に行く」



「え?」



唐突に言われて、一瞬返事に戸惑った。




今……音大に行く、って言った?
あそこまでかたくなに拒否していた、天音先輩が?



聞き間違いだろうか。
でも胸ははやるばかりで、早く聞きたくてたまらない。




「本当ですかっ!?」



驚きすぎて声が上ずってしまった。



「本当だって。
あと、歌も勉強しようと思う」



「え?
歌、ですか?」



ピアニストになることが夢だと言っていたから、“ 歌 ” という言葉が出てきて驚いた。



確かに先輩が歌っているところも見てみたいけれど。




「ああ。
陽葵の歌を聴いていたら、俺も……歌ってみたくなったんだ」



その言葉がジワリと胸に染みる。



私の歌を聴いてそう思ってくれるなんて。
歌って良かったと、心から思えた。




絶対に歌わないと誓ったこともあったけれど。



好きなことは何年経っても好きなんだと、思い知らされた。



歌うことが好き。
1度離れたからこそ、またその楽しさを実感できた。



きっと天音先輩だってそうだ。



諦めようと思っても夢は諦められない。
お姉ちゃんのことだって忘れられない。



そしていつからか全てを否定するようになった。




「諦めなくて良かったって思うよ」



「私も、です」



先輩が微笑むから、つられて私も笑ってみせた。




「なあ、陽葵。
お互い夢を叶えたら、ステージで会おう」



叶うかはわからない。
それでも信じてみようと、私は思う。



握手をして、不確かだけれど固い約束をした。




「はい!
絶対追いついてみせますから」



それまで待っていてくださいね。



天音先輩。





────それから、10年後。




あれから私は音大に行って、歌について学んだ。



全ては、歌手になるという夢のため。



そして、『夢を叶えたら会おう』という天音先輩との約束を果たすために。




先輩とは会っていない。
確かに音大に行くとは言っていたけれど、同じ学校にいたのかすらもわからない。



というか、大学生活があまりにも忙しく、恋愛にうつつを抜かしている暇はなかった。



そうは言っても、もちろん好きって気持ちが消えたわけではない。





今では先輩は、有名なピアニストになった。



テレビや雑誌に出ることも多くなり、知名度も高い。




もうしばらく会っていないし、連絡もとっていない。



これで何年になるだろうか。
今日で、会うのは何年ぶりだろうか。



「────陽葵っ!」




太くて優しい、大好きな声。



何年も何年も待ち望んでいた、あたたかい声。




冷たく無愛想だったときとは大違いなほどの甘い声が鼓膜を揺らす。




「ただいま、陽葵」



「おかえり、先輩」




軽やかな風が吹いて。
また、春がやってきた。



10年ぶりの再会に思わず涙が溢れる。




先輩は約束通り、迎えに来てくれた。



私は約束通り、彼に追いつくことができた。



だからここからは、ふたり並んで一緒に歩こう。



「もう先輩じゃない。
奏汰、だろ?」



「えっ」



確かにもう同じ学校には通っていないし。
先輩とつけるのはおかしいだろう。



前にもこんなことがあったな。
そのときのことを思い返してクスリと笑ってしまう。




ふたりで出かけたときに『生徒会長』と呼んだら、『ここは学校じゃない』と言い返された。



そのときは確か、『会長』と呼ばれることを嫌がっているようにも見えた。
その理由は未だにわからない。



でも、そんないきなり呼び捨てで呼ぶなんてできない。




「か、奏汰……さん」



「は?」



どうやら “ 奏汰さん ” では不満だったらしい。




「奏汰……くん」



なんとか勇気を振り絞って呼んだ。



これでも男子を下の名前で呼んだことはないというのに。



「ったく……かわいくなったな、お前」



────ドクン。



奏汰くんの手が近づいてきて、思わずドキドキしてしまう。



このぬくもりは何年ぶりだろう。



やっぱり彼に頭を撫でられるのは、心臓の奥がくすぐったくなる。




あれから、私の気持ちは変わっていない。



会うことはなかったけれど、ずっとずっと、ずっと好きだった。




「じゃあ、そろそろステージに行くぞ」



そう。



これから私達は、一緒にステージに立つ。




『お互い夢を叶えたら、ステージで会おう』



あの日誓った約束を、実現するときがきた。



「きっとお姉ちゃんも見てくれていますよね」



「ああ。
当たり前だろ」



フッと笑って空を見上げた彼につられて、私も上を向く。




雲は少ない。
まるでお姉ちゃんが笑っているかのように、空からは光が降り注いでいる。



大丈夫。お姉ちゃんは見てくれている。



私、あれからたくさん練習して、歌の技術を磨いたんだよ。



だから、安心して私と奏汰くんの歌を聴いてね。




「ほら、早く」



急かされるように彼のもとへ近寄る。




「奏汰くん………好きです」



「……そんなの知っているし、バカ」



呟くように彼の目を見て言うと、返ってきたのはそれだけだった。



何年もの年月が経って、勇気を振り絞ってやっと伝えたというのに。
『知っているし』のひと言で片付けてしまうなんて。



少し頬を膨らませたけれど。
奏汰くんのぬくもりは隣にあるから、大丈夫だ。