「自分も辛かったのに、向き合ってくれてありがとう。
僕にまた夢を見させてくれてありがとう」
先輩……。
それは、私のことだと思ってもいいですか?
────『お前は歌い続ける限り、自分の過ちに縛られるんだ』
『お前にだけは本性を見せられそうだな』
『澄恋の命日くらい、向き合ってくれよ!』
『お前なら、できるから』
『お前なんて大嫌いだ』
『俺は……音大に行って……っ、ピアニストになりたかった……』
『陽葵のことは、俺が守る』
『お前と─────弾きたい』
天音先輩と過ごした時間は辛くて苦しくて、けれど大好きだった。
先輩はそう言ってくれるけれど、私がそう思えたのは先輩のおかげだ。
そして、お姉ちゃんのおかげでもある。
やっぱり私達はどこか似ている。
同じように大切な人を失って、そこから動けないでいた。
けれど、お互いに出会って少しずつ時計が動き出した。
受け入れられない現実だってあった。
それでも私達は、進み続ける。
「僕がこの学校で過ごした毎日は、本当に色鮮やかでした。
僕は……卒業します。
次は在校生のみなさんが、さらに信じ合える学校をつくってください」
言っていることはありきたりかもしれないけれど。
彼の言っていることが、とても強く心臓を打つ。
「────卒業生代表、天音奏汰」
そう言ったと同時に、一斉に彼へと拍手が向けられた。
全員が聞き入っていたに違いない。
だって私も……泣いているのだから。
彼は微笑むと、ステージから降りていった。
その目に涙が光っていたことは、言わないでおこう。
────卒業式は、たくさんの涙に包まれて終了した。
私が1番感動したのは、卒業生の合唱だ。
もちろん天音先輩の卒業生代表の言葉も素晴らしかった。
けれどそれ以上に、彼がピアノの伴奏をしていることに驚きを隠せなかった。
良かった。
もう、天音先輩は大丈夫だ。
◇◆◇
「天音先輩っ!」
卒業式が終わった後、在校生はすぐに下校することになっている。
……にも関わらず、私は今3年生の教室がある階に来ている。
「陽葵?
お前、どうした?」
少し引きつった顔で、先輩は迎えてくれた。
やっぱりその目は腫れていて、泣いていたことがわかる。
それを隠すようにわざとらしくそっぽを向きながら会話を始める。
「卒業おめでとうございます」
素直に口をついて出てきたのは、それだった。
彼はハッと驚いたような顔をしてから。
「ありがとな」
と、笑った。
「先輩の言葉は、やっぱり人を感動させるんですね」
「あれは、ただ自分の気持ちを言っただけだ」
素直じゃない彼は、褒め言葉を受け取ろうとしない。
本当に私は感動したというのに。
「あと、ピアノの伴奏者だったんですね」
他の人はきっと合唱に目を向けていたと思う。
けれど、私はずっと伴奏を見ていた。
天音先輩だけを、見ていた。
「あぁ、あれはな……。
陽葵と一緒にステージに立った日あるだろ」
それはきっと、広場で歌ったときのことだろう。
無言で頷いて、次の言葉を待つ。
「その次の日に交代してもらったんだよ。
どうしても親に聴いてほしかったから」
そっか。
あのステージで弾いたときは、彼の両親は聴いていなかった。
きっと彼なりのけじめをつけるためだろう。
そして、親にもう大丈夫だと伝えるためだ。
その考え方がなんだか先輩らしくて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「……何笑っているんだよ」
複雑そうな顔をして、冷たい目で睨まれる。
けれど、確かに笑顔が見える。
────好き。
またそんな気持ちが芽生えて、笑ってしまう。
この気持ちを伝えるつもりはない。
まだそのときではないとわかるから。
けれど。
「素直だよな、陽葵は」
ふいにそんなことを言われて、固まってしまう。
すぐに気を取り直して、次の言葉を待つ。
「俺、そんな陽葵が羨ましかったんだ。
陽葵も、澄恋も……俺に大切なことを教えてくれる奴は、みんなまっすぐだから」
天音先輩に憧れていただけの私。
そんな私を、彼が『羨ましい』と言ってくれるなんて。
なんだか嬉しくて仕方がない。
「……お前のせいじゃないって、わかっていた。
あのときはひどいこと言って悪かったな」
あのとき、というのは、きっとお姉ちゃんのお葬式のときのことだろう。
私のせいだ、と言われて、あれから私は怯えながら毎日を過ごしていた。
でも、確かに私にも否はあるし、当時の彼の思いは痛いほどわかる。
「あの……そういえば、先輩はいつ私が妹だって気づいたんですか?」
「は?
お前、わかっていなかったのかよ」
私がずっと気になっていたことを尋ねると、彼は怪訝そうに見つめてくる。
「え?
そうですよ……?」
私は、彼に言われるまでお姉ちゃんの彼氏が天音先輩だと気づかなかった。
音楽の授業をサボっていることや、ピアノを弾いていたこと。
それらを踏まえると結びつけることはできたかもしれないけれど。
あの時点ではそんなこと夢にも思っていなかった。
「それは、春に出かけたときだよ。
あのとき、陽葵が1回笑っただろ?」
笑った?
なんのことなのか思い返せなくて黙り込む。
「えっと……そうでしたっけ?」
「覚えていないのかよ……。
まあ、その笑顔が澄恋に似ていたんだ」
笑顔が似ている、だなんて生まれて初めて言われた。
小さい頃から私達は仲が良かった。
けれど、性格はあまり似ていない。
お姉ちゃんはかわいくてスタイルも良くて明るかった。
何もかも揃っているから、もちろん評判も良かった。
それに対して私の取り柄は勉強と歌だけ。
かわいげもない性格から、お姉ちゃんと比べられて無愛想だと言われたりもした。
その度に、少しお姉ちゃんを羨ましくも妬ましく思っていた。
口に出したことはなかったけれど、いつからかお姉ちゃんの先を歩きたいと目論んでいた。