「私は、あなたのことが嫌いです」
気づけば、勝手に口が動いていた。
このときは無性に腹が立っていた。
だって、何も知らないこの人に知ったような口調で言われたくない。
私のことなんて……何も知らないくせに。
他の人のことなんて知ろうともしていないくせに。
浅はかな考えで意見するなんて、信じられない。
でも、言ってしまってからハッと我に返る。
覚えている限りでは、とんでもないことを言ってしまった気がする。
あまりにも感情的になってしまったため、詳しくは覚えていない。
って、私、今……生徒会長に向かって何を……?
記憶が確かなら、思わず啖呵を切っ……て………?
「……へぇ、面白い」
嫌いって言われたのに面白いだなんて。
この人はやっぱり変な人だ。
天才は少し気がおかしい、と聞いたことがある。
この人も反応がおかしいから、やっぱり彼も天才の部類に入るんだろうか。
なんて悶々と考えていたのは、私だけの秘密だけれど。
ニヤリと笑みを浮かべていた彼は、私の失礼な言葉にも動じない。
でも……このままここにいたら、何されるかわからないよね。
「……し、失礼しましたっ」
屋上いっぱいに響く声で叫ぶと、急いで会長に背を向けて走り出す。
追いつかれないように、全速力で。
チャイムが鳴ると同時に、教室の席に着く。
でも、これは2時間目終了のチャイムだから、まだクラスメートは誰も来ない。
そう、この空間には私だけ。
危なかった……。
あのまま屋上にいたらどうなっていたことか。
もっと重大なことを尋ねられて、私はきっと狼狽えてしまうだろう。
とにかく、もう彼には関わらないようにしよう。
関わったら最後、またあの不思議な瞳に捕まってしまう。
そう私が決意を固めていた頃、屋上には。
「音中陽葵、か」
そう呟いている彼の姿があった。
思えばこのとき、確かに新しい風は吹き始めていたんだ。
「陽葵ちゃん、勉強教えてくれる……?」
今にも泣きそうな顔で私に懇願してくるのは、友達の丸山日々(まるやまひび)ちゃん。
日々ちゃんは、高校生になってから初めてできた友達。
入学式が終わった後、私は新入生の言葉をステージに立って話したことで拍手に包ま れた。
担任の先生は優しそうな若い女の先生。
1回も間違えずに言えたこともあり、『素晴らしかったです!』とみんなの前で讃えられた。
でも、クラスメートからは手の届かない存在だと思われてしまったのか、一線引いた状態で話すことが多かった。
そんな中で、私を “ 友達 ” だと思って話しかけてくれたのが、日々ちゃんだ。
大人しめだけれどフワフワしていてかわいくて、ずっと話してみたいと思っていた。
でも、なかなかクラスメートには歩み寄れなくて。
そんな私に『移動教室、一緒に行こ?』って、顔を真っ赤にして話しかけてくれた。
それから、私達は休み時間も放課後も一緒に過ごすようになった。
私はハッキリと気持ちを言うタイプだけれど、彼女は控えめにものを言うタイプ。
そんな正反対な私達だけれど、なぜだか気が合って、一緒にいると楽だった。
素の自分でいられる、私にとってかけがえの友達。
それが日々ちゃんだ。
「もちろん、いいよ」
そんな日々ちゃんは、意外にも勉強が苦手らしく、私にいつもわからないところを聞いてくる。
素直に質問してくる姿もかわいくて、いつも癒されている。
「数学の、この問題がわからないの……」
「あぁ、これはこの公式を使えば解けるよ」
まだ入学してから1ヶ月弱。
クラスに馴染めていないわけではないけれど、あまり友達はいない。
私を頼ってくる人はいても、仲良くなろうと接してくれるのは日々ちゃんだけ。
その事実は少し悲しいけれど、大丈夫。
私にとって怖いものなんて、もうないんだから。
「そっか!
ありがとう、陽葵ちゃん」
フワリと笑って、彼女は席に戻っていく。
どうしてこんな私に歩み寄ってくれたのかはわからない。
でも、大切にしたい存在だ。
こんなにも私を気にかけてくれる友達は、彼女が初めてだから。
私もいつか向き合いたいと思う。
すると、一部始終を見ていた隣の席の人が。
「やっぱり頭いいんだなー」
いつも通り、そう話しかけてくる。
……あ。
ここに、私に話しかけてくる例外の人がひとりいた。
「別に、普通だけど」
褒められるのは慣れていないから、なんて返答をしたらいいのかわからない。
とりあえず謙遜しておくと。
「おもしれーな、音中さんって」
ほら、また笑われた。
この人は、錦戸昇(にしきどのぼる)くん。
クラスのムードメーカー的存在で、お笑い芸人タイプの人。
でもクラスをまとめたり指揮をとったりするのも上手だから憎めない。
いつも誰かを笑わせているイメージがある。
私は、男子があまり得意ではないから自分から話しかけたりはしないけれど。
錦戸くんだけは、笑わせようと積極的に話しかけてくれる。
「音中さんって真面目ちゃんって感じなのに、面白いよなー」
さっきの発言の、何が面白かったんだろう。
私にとっては不思議でならないけれど、錦戸くんのツボにハマったらしい。
隣でいつまでも笑い続ける彼に、つられて私も笑ってしまう。
「ふふっ。
錦戸くん、笑いすぎ」
口を手で押さえて笑いをこぼすと、錦戸くんはポカンと口を開けて私を見ていた。
……え?
どうして彼の動きが止まっているんだろう。
もしかして、私が笑ったら変だった?
そんなに堅いイメージだった?
男子で私に話しかけてくれるのは彼だけ。
冷たく流すこともあるけれど、話しかけてくれることで元気づけられる。
隣の席のよしみというものが大きいに違いないけれど。
彼に救われているのも事実だ。
「……破壊力、やばすぎ」
ボソッと呟いた錦戸くんの顔は赤くなっていて、何が起こったのかわからなかった。
やっぱり変なこと言った?
私は笑わない方が良かった?
そんな複雑な思いを巡らせていると。
「音中さん、笑っていた方がいいよ!
その方が絶対かわいいからさ」
なんて、ニコッと言ってのける彼に、なんだか私まで照れくさくなった。
かわいいだなんて、もちろんお世辞だってわかっている。
人前で笑ったり感情を出したりすることは苦手だ。
それでも楽しいことがあれば笑うし、辛いことがあれば誰かに頼りたくなる。
それはみんなと変わらない。
でも、ムードメーカーの彼にそう言ってもらえると、少しはクラスに馴染めたんじゃないかと嬉しくなる。