「────卒業生、入場」
その言葉で拍手が起こり、会場が熱気に溢れる。
つられて私もそちらへ視線を向けると。
……いた。
前を向いて堂々と歩いている天音先輩の姿が見えた。
今日は、もう卒業式。
先輩がこの学校に通う最後の日だ。
目を瞑って、たくさんのことを思い返す。
まだ1年しかいないこの校舎で、十分なほど思い出をつくれた。
振り返ると、本当にあっという間だった。
あんなに人見知りで、他の人と関わろうとしなかった私に友達ができて。
なんと、憧れの好意を寄せる先輩までできた。
お姉ちゃんの死に向き合うことも、家族と支え合うこともできた。
「僕は3年前、とても大切な人を失いました。
当時は楽しかったことも楽しいと思えなくなるほど、ショックは大きかったです」
ステージにいる彼の言葉に、会場にいる全員が耳を傾けている。
まるで彼のつくる世界に引き込まれていくようだ。
「ですが、この学校でいろいろなことを学び、いろいろな人と出会い、生きていくことが楽しいと思えるようになりました」
“ いろいろな人 ”
私はその中に入っていますか?
私と過ごした時間は楽しかったですか?
「だから、友人にも先生方にもこの校舎にも感謝しています。
そして、僕が傷つけてしまった人に謝りたいです」
傷つけた、人……?
「自分も辛かったのに、向き合ってくれてありがとう。
僕にまた夢を見させてくれてありがとう」
先輩……。
それは、私のことだと思ってもいいですか?
────『お前は歌い続ける限り、自分の過ちに縛られるんだ』
『お前にだけは本性を見せられそうだな』
『澄恋の命日くらい、向き合ってくれよ!』
『お前なら、できるから』
『お前なんて大嫌いだ』
『俺は……音大に行って……っ、ピアニストになりたかった……』
『陽葵のことは、俺が守る』
『お前と─────弾きたい』
天音先輩と過ごした時間は辛くて苦しくて、けれど大好きだった。
先輩はそう言ってくれるけれど、私がそう思えたのは先輩のおかげだ。
そして、お姉ちゃんのおかげでもある。
やっぱり私達はどこか似ている。
同じように大切な人を失って、そこから動けないでいた。
けれど、お互いに出会って少しずつ時計が動き出した。
受け入れられない現実だってあった。
それでも私達は、進み続ける。
「僕がこの学校で過ごした毎日は、本当に色鮮やかでした。
僕は……卒業します。
次は在校生のみなさんが、さらに信じ合える学校をつくってください」
言っていることはありきたりかもしれないけれど。
彼の言っていることが、とても強く心臓を打つ。
「────卒業生代表、天音奏汰」
そう言ったと同時に、一斉に彼へと拍手が向けられた。
全員が聞き入っていたに違いない。
だって私も……泣いているのだから。
彼は微笑むと、ステージから降りていった。
その目に涙が光っていたことは、言わないでおこう。
────卒業式は、たくさんの涙に包まれて終了した。
私が1番感動したのは、卒業生の合唱だ。
もちろん天音先輩の卒業生代表の言葉も素晴らしかった。
けれどそれ以上に、彼がピアノの伴奏をしていることに驚きを隠せなかった。
良かった。
もう、天音先輩は大丈夫だ。
◇◆◇
「天音先輩っ!」
卒業式が終わった後、在校生はすぐに下校することになっている。
……にも関わらず、私は今3年生の教室がある階に来ている。
「陽葵?
お前、どうした?」
少し引きつった顔で、先輩は迎えてくれた。
やっぱりその目は腫れていて、泣いていたことがわかる。
それを隠すようにわざとらしくそっぽを向きながら会話を始める。
「卒業おめでとうございます」
素直に口をついて出てきたのは、それだった。
彼はハッと驚いたような顔をしてから。
「ありがとな」
と、笑った。
「先輩の言葉は、やっぱり人を感動させるんですね」
「あれは、ただ自分の気持ちを言っただけだ」
素直じゃない彼は、褒め言葉を受け取ろうとしない。
本当に私は感動したというのに。
「あと、ピアノの伴奏者だったんですね」
他の人はきっと合唱に目を向けていたと思う。
けれど、私はずっと伴奏を見ていた。
天音先輩だけを、見ていた。
「あぁ、あれはな……。
陽葵と一緒にステージに立った日あるだろ」
それはきっと、広場で歌ったときのことだろう。
無言で頷いて、次の言葉を待つ。
「その次の日に交代してもらったんだよ。
どうしても親に聴いてほしかったから」
そっか。
あのステージで弾いたときは、彼の両親は聴いていなかった。
きっと彼なりのけじめをつけるためだろう。
そして、親にもう大丈夫だと伝えるためだ。
その考え方がなんだか先輩らしくて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「……何笑っているんだよ」
複雑そうな顔をして、冷たい目で睨まれる。
けれど、確かに笑顔が見える。
────好き。
またそんな気持ちが芽生えて、笑ってしまう。
この気持ちを伝えるつもりはない。
まだそのときではないとわかるから。
けれど。
「素直だよな、陽葵は」
ふいにそんなことを言われて、固まってしまう。
すぐに気を取り直して、次の言葉を待つ。
「俺、そんな陽葵が羨ましかったんだ。
陽葵も、澄恋も……俺に大切なことを教えてくれる奴は、みんなまっすぐだから」
天音先輩に憧れていただけの私。
そんな私を、彼が『羨ましい』と言ってくれるなんて。
なんだか嬉しくて仕方がない。
「……お前のせいじゃないって、わかっていた。
あのときはひどいこと言って悪かったな」
あのとき、というのは、きっとお姉ちゃんのお葬式のときのことだろう。
私のせいだ、と言われて、あれから私は怯えながら毎日を過ごしていた。
でも、確かに私にも否はあるし、当時の彼の思いは痛いほどわかる。