キミの音を聴きたくて





「……ここだ」



今日もこの広場はたくさんの人でにぎわっている。



春に来たときは花が綺麗だったけれど、それらは既に枯れてしまった。




「……先輩は知っていたんですね。
私とお姉ちゃんがよくここで演奏していたこと」



このステージにあるキーボードをお姉ちゃんが弾いて、私が歌う。



幼い頃からそんな生活が日常になっていた。



毎回たくさんの人が聴きに来てくれて、本当に楽しかった。



あたたかい拍手をもらう度に、また唄いたい、という気持ちが強くなっていった。




「まあ、澄恋から聞いていたからな」



そっか。
お姉ちゃん、私との思い出を話してくれていたんだ。



なんだか頬が緩んでしまう。



「陽葵にお願いがあるんだ」



お願い、だなんて。
いきなり改まってどうしたんですか?



そんな無神経なこと、聞けなかった。





「お前と─────弾きたい」




その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。



そして、そのまま涙となって溢れてくる。




「せんぱ……っ!
わた、しっ……」



この言葉を、どれほど待ちわびただろうか。



ずっと聞きたかった。
ずっと待っていた。




……私って、天音先輩に出会ってから涙もろくなった気がする。




最初はお互いに自分の内面を隠していたけれど。
だんだんと重なる部分を見つけて。



今ではこんなにも近い存在になっている。



そう思ってもいいんですよね?



「泣くなよ、陽葵……」



泣くな、なんて言われたって。



先輩だって目が潤んでいるんだから、仕方がない。




「本当に私でいいんですか?」



彼が1番聴いてほしいのは、お姉ちゃんだと思う。



それなのに、私がそばで弾いてもいいんだろうか。




「ああ。
俺は陽葵がいいんだ」



「……っ!」




どうしよう。
眩しいくらいの彼の笑顔に、ドキドキが止まらない。



今の彼はもう、出会った頃とは違う。




見せかけの、つくられた笑顔なんかじゃない。



心から楽しんでいる。
それが内面から伝わってくる。



そんなことは一目瞭然だ。



よく笑うようになったし、キラキラと輝いて見える。



そして何よりも、やっとお姉ちゃんのこと以外にも目を向けられている。




あんなにも人を信じていなかった彼が、こんなにも穏やかに笑えるようになるなんて。



きっとお姉ちゃんが見たらびっくりするだろう。




「ほら、マイク持って。
準備するぞ」



思わずボーッとしていたけれど、これから私は歌うんだ。



憧れの天音先輩のピアノと一緒に。




またこのステージに立つことなんて、ないと思っていた。



でも、また……お姉ちゃんとの思い出の場所で歌えるなんて。




空まで届くように歌うから、聴いていてね。



……お姉ちゃん。



ピロン。




ピアノの音が鳴る。



天音先輩の奏でる音は、本当に綺麗だ。



聴いている人を優しく包むようなメロディー。
そして引きつける大人っぽい仕草。



お姉ちゃんの音にもどこか似ている気がする。




「陽葵!」




────『陽葵、みんなにこの音を聴かせよう!』




ほら。
やっぱりお姉ちゃんと天音先輩は似ている。



私を自分の世界にすぐ巻き込んでしまうところが、本当にそっくりだ。



そして、ピアノを弾いているときの満足そうな表情もよく似ている。




だから─────。





「はぁ、はぁ……」



歌い切った。
間違いなくそう言い切ることができる。



大好きな人と、憧れの人と一緒にステージに立てる。
こんなに幸せなことはないと思う。



今までにないくらい、楽しくて、充実していた。
体は疲れているけれど、そんなもの感じないくらいだ。




「よく、やったな。
陽葵」



久しぶりにピアノを弾いたせいか。
冬なのにも関わらず、彼の額にも汗がにじんでいる。



そして、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。




次の瞬間、その手が近づいてきて。



「えっ」



私の頭を撫でてから、体を引き寄せられた。



「……ありがとな。
お前のおかげで俺はまたピアノを弾ける」



その言葉が聞けただけで、私は満足です。




天音先輩からの「好き」って言葉を聞きたい。



そんな無謀な思いよりも、「ありがとう」「お前のおかげだ」って。
そんな言葉が聞きたかった。




天音先輩の役に立てたのなら。



お姉ちゃんの死によってできた傷を癒すことができたのなら。



これが私の、最高の歌だ。




「………好き、です」



聞こえないくらいの声で呟いた。



彼の耳に届いていたかどうかはわからない。



けれど、確かに彼がフッと笑った気がした。





「────卒業生、入場」




その言葉で拍手が起こり、会場が熱気に溢れる。



つられて私もそちらへ視線を向けると。



……いた。



前を向いて堂々と歩いている天音先輩の姿が見えた。





今日は、もう卒業式。



先輩がこの学校に通う最後の日だ。




目を瞑って、たくさんのことを思い返す。



まだ1年しかいないこの校舎で、十分なほど思い出をつくれた。




振り返ると、本当にあっという間だった。



あんなに人見知りで、他の人と関わろうとしなかった私に友達ができて。



なんと、憧れの好意を寄せる先輩までできた。



お姉ちゃんの死に向き合うことも、家族と支え合うこともできた。





「僕は3年前、とても大切な人を失いました。
当時は楽しかったことも楽しいと思えなくなるほど、ショックは大きかったです」



ステージにいる彼の言葉に、会場にいる全員が耳を傾けている。



まるで彼のつくる世界に引き込まれていくようだ。




「ですが、この学校でいろいろなことを学び、いろいろな人と出会い、生きていくことが楽しいと思えるようになりました」



“ いろいろな人 ”



私はその中に入っていますか?



私と過ごした時間は楽しかったですか?




「だから、友人にも先生方にもこの校舎にも感謝しています。
そして、僕が傷つけてしまった人に謝りたいです」



傷つけた、人……?