「サボっているって言っても、音楽の授業だけだけどね?」
「それは、私もですよ」
まさか、私と同じ人がいるなんて。
私は……あのことがあったからだけど。
会長はどうしてサボっているんだろう。
それも、音楽の授業だけ。
知りたいわけじゃないけれど、それがあまりにも当たり前のように言うから気になってしまう。
知ったところで私には関係ないし、関わることもないだろうけれど。
「ふうん、どうして?」
そう聞かれて、顔が強ばったのがわかった。
どうして、って、そんなの今の私に答えられるはずがない。
それに、彼には関係ないことなのに。
人それぞれ事情があるから聞いたら失礼だ。
そう思って私は聞くことを躊躇ったのに。
デリケートな話かどうか考えもしないで聞くなんて。
そんなのあんまりだ。
「……答えるわけ、ないです」
触れられたくない話を掘り出すなんて、無神経すぎる。
まだ出会ったばかりでお互いのことは何も知らないのに。
たった1日、言葉を交わしただけなのに。
それだけで心を開くと思う?
あえて冷たく言い放って、これ以上入って来られないように壁をつくる。
彼はしっかりしているのに、マイペースで掴みどころがない。
さっきはいい人だと思ったけれど、前言撤回。
────私は、この人が苦手だ。
「そっか、残念」
残念、なんて言っているけれど、全然そうは見えない。
まるで言葉に気持ちが入っていない、抜け殻のようだ。
この人、ポーカーフェイスなの?
それとも、他人に興味がないの……?
って、そんなわけないよね。
仮にも生徒会長なんだし。
私は苦手だけれど、かっこいいから他の人には人気がありそう。
もしかしたらファンクラブもあったりして……。
そう思ってしまうくらい、顔は整っている。
きっと充実した毎日を送っていて……。
私みたいな平凡な女子と今こうして一緒にいることがありえない話だよね。
「音中さんってさぁ」
「な、なんでしょう?」
間延びした声。
けれど、どこか芯があって心が揺さぶられる。
この人は、本当に不思議な人。
一瞬で私の心を読んだかのような目をして、核心をつくようなことを言う。
だからこそ、生徒会長なんて大役が務まるんだと思うけれど。
「俺のこと、嫌いだろ」
そう、静かに発された。
その瞬間、近くの桜の木から風にのって花びらが舞う。
「え……?」
驚いた。
まさか、気づかれているなんて思わなかったから。
そんなに顔に出ていたのかな。
どうしよう。
私ってば、失礼なことをしてしまった気がする。
「表情とかじゃなくて、なんとなくわかるんだよね。
……例えば、その人の目とかで」
と、私の考えを読んだように言葉を続ける。
例えそうだとしても、驚きを隠せない。
まず、自分のことを嫌っている相手に、率直に尋ねるところがすごい。
私だったら気づいても聞かずに、そのまま会話を終わらせるはずだ。
目を見て、考えや気持ちを読んだって言うの……?
フッと笑って彼に、なぜだか恐怖を覚えた。
確かに、心理学に詳しい人や観察が好きな人なら気づくかもしれないけれど。
……これでも、自分の心を隠すのは得意な方なのに。
ピキピキ……。
どんどん何かが崩れていく。
心にヒビが入った気がした。
「……キミの考えていることなんて、お見通しだよ」
そう、不敵に笑った彼を見て思う。
この人は、要注意人物だと。
彼と関わるのは危ないと、私の全身が拒絶しているようだ。
優しそうな先輩だと思っていた昨日までとは一変、とても危険な人なんだと思い直した。
「私は、あなたのことが嫌いです」
気づけば、勝手に口が動いていた。
このときは無性に腹が立っていた。
だって、何も知らないこの人に知ったような口調で言われたくない。
私のことなんて……何も知らないくせに。
他の人のことなんて知ろうともしていないくせに。
浅はかな考えで意見するなんて、信じられない。
でも、言ってしまってからハッと我に返る。
覚えている限りでは、とんでもないことを言ってしまった気がする。
あまりにも感情的になってしまったため、詳しくは覚えていない。
って、私、今……生徒会長に向かって何を……?
記憶が確かなら、思わず啖呵を切っ……て………?
「……へぇ、面白い」
嫌いって言われたのに面白いだなんて。
この人はやっぱり変な人だ。
天才は少し気がおかしい、と聞いたことがある。
この人も反応がおかしいから、やっぱり彼も天才の部類に入るんだろうか。
なんて悶々と考えていたのは、私だけの秘密だけれど。
ニヤリと笑みを浮かべていた彼は、私の失礼な言葉にも動じない。
でも……このままここにいたら、何されるかわからないよね。
「……し、失礼しましたっ」
屋上いっぱいに響く声で叫ぶと、急いで会長に背を向けて走り出す。
追いつかれないように、全速力で。
チャイムが鳴ると同時に、教室の席に着く。
でも、これは2時間目終了のチャイムだから、まだクラスメートは誰も来ない。
そう、この空間には私だけ。
危なかった……。
あのまま屋上にいたらどうなっていたことか。
もっと重大なことを尋ねられて、私はきっと狼狽えてしまうだろう。
とにかく、もう彼には関わらないようにしよう。
関わったら最後、またあの不思議な瞳に捕まってしまう。
そう私が決意を固めていた頃、屋上には。
「音中陽葵、か」
そう呟いている彼の姿があった。
思えばこのとき、確かに新しい風は吹き始めていたんだ。
「陽葵ちゃん、勉強教えてくれる……?」
今にも泣きそうな顔で私に懇願してくるのは、友達の丸山日々(まるやまひび)ちゃん。
日々ちゃんは、高校生になってから初めてできた友達。
入学式が終わった後、私は新入生の言葉をステージに立って話したことで拍手に包ま れた。
担任の先生は優しそうな若い女の先生。
1回も間違えずに言えたこともあり、『素晴らしかったです!』とみんなの前で讃えられた。
でも、クラスメートからは手の届かない存在だと思われてしまったのか、一線引いた状態で話すことが多かった。
そんな中で、私を “ 友達 ” だと思って話しかけてくれたのが、日々ちゃんだ。
大人しめだけれどフワフワしていてかわいくて、ずっと話してみたいと思っていた。
でも、なかなかクラスメートには歩み寄れなくて。
そんな私に『移動教室、一緒に行こ?』って、顔を真っ赤にして話しかけてくれた。