もうすぐ、秋が終わる。
上着が手放せなくなるこの季節。
私は、日々ちゃん、相川さんと一緒に帰ろうとしていた。
すると。
「好きですっ!」
どこからか女子のそんな声が聞こえてきた。
玄関を見ると、女子と……天音先輩が向かい合っていた。
もしかして、今告白されていたのは天音先輩?
「付き合ってください!」
久しぶりに見た彼の姿にドキリと胸が音を立てる。
それと同時に、ズキ、と痛みが走った。
「ねえ、あれって生徒会長じゃない?」
「きゃーっ、公開告白だよ!」
日々ちゃんと相川さんが口々にそう耳打ちしてくる。
告白……。
もちろん、最初からわかっていた。
天音先輩はかっこいいし、頼りになるし、モテると思う。
けれど、いざそれを目の当たりにすると、胸が苦しくなる。
「……ごめんね。
その気持ちには応えれれない」
その口調に、ため息をつきながら思い出した。
そうだ。
天音先輩は、学校では仮面を被っている。
あのポーカーフェイスな先輩を他の人は知らないんだ。
「理由を教えてくれないかなっ?」
告白していた女子が俯きながら尋ねる。
いつの間にか盗み見ている人も増えている。
理由?
それは、きっと気軽に尋ねていいものではない。
他の人はわからなくても、私は痛いほどわかる。
「俺には、忘れられない大切な人がいるから」
きっと、お姉ちゃんのことだ。
交通事故でお姉ちゃんを亡くしてから、立ち直ったわけではないだろう。
前を向こうと努力しているのに、ふとしたときに思い出してしまう。
それが、残された人の苦しみだ。
その場で聞いている人達は、天音先輩の過去に何があったのかを知らない。
彼の素顔を見たことがない。
それなのに、告白する。
『だから俺も、仮面をつけて接している』
前にそう言っていたのは、きっとそれが理由なんだろう。
確証はないけれど、そう思った。
周りは騒がしい。
先輩に忘れられない人がいる、という突然のカミングアウトに驚きを隠せていないようだ。
「嘘っ、会長って好きな人いたの?」
「意外だよねー」
実際、私のそばにも感想を述べている人がふたりいる。
「日々ちゃん、相川さん、先に帰っていてくれる?」
ふたりの返事を聞く前に、私は人混みの中心に飛び込んでいた。
「天音先輩」
気づけば彼の近くへと歩みを進めていた。
彼はどこか別の場所を見ているから、表情はわからない。
「……」
返事はなかった。
なぜだか嫌な予感がする。
そう思った瞬間─────天音先輩が駆け出す。
「あっ……待ってください!」
回りの人は不思議そうな目で私を見ている。
当たり前だろう。
知らない女子がいきなり割り込んできたんだから。
息が苦しくなる。
それでも、走り続ける。
もしもここで走ることを諦めてしまったら。
もう天音先輩には会えないような、そんな不吉な予感がしたから。
「ど、して……逃げるんですか……っ。
天音先輩っ!」
私が腕を掴んだのと、彼が振り返ったのは、きっと同時だった。
「……近寄るんじゃねーよ」
低い声が静かに響く。
その目は、冷たくて孤独な、寂しそうな目だった。
でも確かに、私を拒絶する言葉だ。
「辛いんだよ。
お前を見ていると、澄恋を思い出す……」
その言葉に、心臓におもりが乗っているかのように苦しくなる。
そっか。
そんなこと、当たり前だ。
私は天音先輩にとって、大好きだった人の妹。
そして、その命を奪った人殺しなんだから。
「だから」
渇いた口を潤すように、ゴクリと息を呑む。
わかっている。
わかっていた。
私がどれだけ願い続けたとしても。
きっと、きっと……私達は交わらない。
「お前なんて、大嫌いだ」
私には、それが呪文のように聞こえて。
何も言葉が出てこない。
そんなことを言われたのに、どうしてだろう。
私の胸の中は、愛しさでいっぱいだ。
やっぱり、天音先輩が……好き……。
でも、この想いは一生叶わない。
叶ってはいけない。
お姉ちゃんのためにも、天音先輩のためにも。
そして何より、私のためにも。
この気持ちを消すことが、なかったことにすることが最善の選択だ。
だから。
「私だって……大嫌いですよ」
出会ったときは苦手だった。
もう会いたくないとすら思っていたのに。
分かれを悟った今、こんなにも離れがたくなるなんて。
「気が合うな」
「そうですね」
決して笑い合える関係ではなかった。
他の人には知られてはいけない関係だった。
こんな気持ちを抱いていたことは、私だけの秘密。
初恋が、お姉ちゃんの彼氏……だなんて。
無謀にも程がある。
私ってこんなにバカだったんだろうか。
「先輩……」
知らなかった。
恋がこんなにも辛いなんて。
涙を堪えるのが、こんなにも苦しいなんて。