「月野さん」
朝、登校してすぐに月野さんの席へと向かう。
彼女は鶴本くんと話しているところだった。
「えっと、音中さん?
どうしたの?」
前に冷たく突き放してしまったからか、少し警戒されているような気がする。
それでも、私はもう迷わない。
「私にソロを歌わせてほしい」
「え?
でも、前はごめんって……」
確かにキッパリとそう言った。
いきなり意見を変えるなんて、迷惑だというのは理解している。
「あのときはごめんなさい。
でもやっぱり、歌いたい……の」
私がこう思ったのは、あの日天音先輩に言われた言葉のおかげだ。
『迷ったら澄恋に会いに行け』
その言葉の通り、私は家に帰ってから……仏壇の前へ足を運んだ。
今まで見たくも来たくもなかった場所。
改めて見ると、お姉ちゃんが死んでしまったことが事実だと認めなくてはならない。
目から涙が溢れて、またあの日のことがよみがえった。
それでも。
『……ねえ、お姉ちゃん。
私はまた歌ってもいいのかな』
答えはもちろん返ってこない。
けれど、確かにお姉ちゃんが見守ってくれているような気がした。
────『私、陽葵の歌声が大好きなの』
お姉ちゃんはいつも優しくて、頼りがいがあって、強くて。
私の憧れだった。
────『また一緒に奏でようね。
陽葵の歌と私のピアノに勝てる人なんていないんだから』
得意げにそう笑って、励ましてくれた。
私はお姉ちゃんの奏でるピアノが大好きだった。
だからこそ。
「相川さん」
ビクリと肩を震わせた彼女のもとへ歩み寄る。
「一緒に歌をつくろう。
その曲で、金賞をとりませんか」
今までの私なら、こんな叶うはずもないことを口に出したりはしなかったはずだ。
それでも、また前を向けたのは。
間違いなく─────天音先輩のおかげだ。
「うん!
陽葵ちゃんなら、そう言ってくれると思っていたよ」
相川さんは、満面の笑みでそう答えてくれた。
返答に心の底からホットして肩をなでおろす。
もう託してくれるわけない。
本当はそう思いながらここへ来た。
でもみんなは、私の予想をはるかに超えていた。
どうしてか、こんなに頼りない私のことを信じてくれているの。
ドキドキ、ドキドキ。
また速くなる心音。
どうやらこの気持ちはもう誤魔化せないみたいだ。
彼の大切な人を奪った私が、そう思う資格なんてないのに。
そんなこと、許されるはずがないのに。
気づいてしまったら、もうこの気持ちは止められない。
「お姉ちゃん……」
ごめんなさい。
私─────天音先輩のことが好き。
◇◆◇
当日は、本当に早くやってきた。
まだ1ヶ月も先のことだと思っていたのに、私達は今ステージの上に立っている。
相川さんと話し合いながら、曲づくりは順調に進んだ。
文化祭のときにつくったオリジナル曲をピアノバージョンにして歌うことにした。
それを編曲する作業が本当に大変で、何日もかかった。
けれど、無事にこうして歌うことができる。
それは、本当に幸せなことだ。
錦戸くんが指揮棒を振って、相川さんの伴奏が始まる。
それに合わせて、私達は息を吸う。
「屋上の出会いは必然で
キミは私の心を乱す」
音楽の授業をサボっていた日、彼に出会った。
「隠した心はまだ言えないよ
そんな淡いあの日の涙」
この気持ちは、彼に伝えてはいけない。
「季節が過ぎる度キミは隣にいて
“ 大丈夫だ ” “ 歌えないよ ”
“ 前を向いて ” “ きこえない ”
押し殺した心 本音は違うでしょう」
歌えないと思っていた私を、またステージに立たせてくれた。
「ありがとうと言えないのに笑顔が微かに光る
胸の歪 吹いた風に 私の音にのせて」
そんな彼の笑顔を見てみたいと、願ってしまう。
「止まらなくて 拭えなくて 重くのしかかるばかり
ねえ、キミはどうして?
また闇に消えてゆく」
それなのにきっと、キミは離れていってしまうんだ。
相川さんのピアノを奏でる指が止まる。
錦戸くんと目を合わせて、それとともにまた息を吸う。
「もしも落ちた先に
私がひとりだけでも」
たとえ私が暗闇にとらえられて。
逃げせなくてもがいていたとしても。
きっと、あの光が導いてくれる。
そう私は信じている。
「変わらないよこの気持ちだけは
そう、気づいたんだ─────────」
ピアノの音も消え、響き渡るのは私の声だけ。
聴いている人がどんな顔をしているか。
なんて、そんなことはわからない。
でも、私は歌っていてとても気持ちがいい。
この清々しい気持ちを伝えたい。
あぁ、楽しい。
歌うことが、こんなにも楽しい。
ソロが終わり、その雰囲気のまま全員で歌い切ることができた。
拍手喝采。
あたたかな眼差しに包まれて、合唱の発表は幕を閉じた。
そして、結果発表。
私達のクラスは─────堂々の “ 金賞 ”。
それが知らされたとき、1番に駆け寄ってきたのは日々ちゃんだった。
「陽葵ちゃん、すごかったよ!」
彼女に続いて、錦戸くん、月野さん、相川さんが顔を見せる。
「音中さん、最高だった」
「やっぱり私、音中さんに頼んで良かった」
「音中さんっ、上手だったよ!」
クラスメートにそう口々に言われると、やっぱり悪い気はしない。
「うん。
本当に、良かった……!」
私は歌い切った。
お姉ちゃんの言葉を信じて歌えた。
聴いている人の心に届くように、響かせられた。
そして何よりも、楽しかった。
また輝けた気がした。
もう立ち止まってはいない。
きっと少しは進み始めていると思う。
あまりに嬉しくて、目から何かあたたかいものがこみ上げてくる。
それを隠すように、私は笑ってみせた。
クラスメートに囲まれて。
功績を残せたからといい気になって。
ひとりぼっちのまま取り残されているキミの心を、救えなかった。
「……おめでと。
これで俺は、いらないな」
私を見ながら天音先輩がそう呟いていたことなんて、知らなかった。