キミの音を聴きたくて



「音中さん、楽しそうに歌っていたのに」



楽しそうに……?



違うの。
それは何も知らなかった頃の私。



今の私はもう輝けるはずがない。
何をしても楽しいと感じないのに。




「私はもう歌わないって決めたから」



怖いくらいの真顔でそう返答する。



それでも彼は自分のペースを崩さず、変わらず眠そうなまま。




私にとって、歌を歌うことが1番の生きがいだった。



だからこそ、今は歌うと苦しくなるばかりだ。




「なんか、もったいない」



「え……」



どういう意味か、と聞き返そうとしたときには、彼は既にいなかった。



本当に、マイペースで不思議な人だ。



合唱コンクール。



それは、この学校にある伝統行事のひとつで10月に行われる。



合唱曲からアニメソングまで、どんなジャンルの曲でもいいらしい。




金賞、銀賞が学年別に表彰される。



大きなポイントは、どれだけ見ている人の気を惹きつけられるか、ということ。




歌だけでなく踊りをしてもいいそうだ。
ただし、5分以内で1曲限り。



そして、楽器はピアノ以外認められない。



文化祭での私達の出し物であるライブに似ているため、私にお誘いがきたそうだ。




「はぁ……」



憂鬱だ。



どうして私のクラスは何かと音楽関係をやりたがるんだろうか。



私にはそんな行事に没頭する時間がとても苦痛に思える。



曲は、独創性を出すために自分達で作ることになった。



指揮者は、みんなからの大多数の推薦で錦戸くん。



それにはもちろん全会一致。
というか、このクラスをまとめていけるのは彼しかいないと思う。




ピアノの伴奏は、音楽に関してはだいたいできる相川さんだ。



クラスで孤立している雰囲気もあったけれど、文化祭の一件からは馴染めているみたい。



最近では笑顔も見られるから、きっと素晴らしい演奏を披露してくれるはずだ。





そして今日の放課後もまた。



「お願いっ、陽葵ちゃん。
ソロ歌ってくれない?」



月野さんと相川さんがかわいらしい笑みを浮かべて迫ってくる。




どうして、私に頼むんだろう。



他に歌える人ならたくさんいるはずなのに。



「文化祭のとき、陽葵ちゃんの歌声に感動したの。
こんなに上手な人がいるんだ、って」



そう言って相川さんは顔を赤く染める。



いつの間にか彼女にまで「陽葵ちゃん」と言われていて驚く。



アイドルである彼女にそう言われるのは、喜ぶべきことなんだろう。




でも、私は。



「私は歌わない。
もう、歌いたくないの……!」



思わず感情的になって、伸ばされた手を振り払ってしまった。



ダメだ。
せっかくできた友達を、私が傷つけている。




「放っておいてほしい」



追い打ちをかけるように、ふたりにそう言い放つ。



もう後戻りはできない。



廊下を走る。



優等生だと思われている私が全速力で走る様子を遠巻きに見ている人も多い。



でも、後ろから追ってくる人はいないようだ。




階段を駆け上がって、屋上へと向かう。



彼と出会うかもしれないと思い、近寄らないようにしていたけれど。



もう、限界だ。
ひとりになりたい。





「はぁっ、はぁ……っ」



ドアを開けて、息を整えながらその場に座り込む。



もう、ここにはいられない。



私に居場所なんてないのに、最近は高望みしすぎていたんだ。




こんなにも孤独が恋しくなったのは初めて。



みんなと一緒にいる時間は、確かに充実している。
でも、それが楽しいかと問われればわからない。



ひとりでいる方が楽だし、落ち着いていられる。



「……陽葵?」



幻聴かと思った。



まさか、まだここにいたなんて。



予想していなかったわけじゃないけれど、まさか本当にいるとは。




「天音、先輩……」



今は放課後なのに。
帰っていてもおかしくはないのに。



どうしてここにいるんだろう。



……会いたくなんてなかったのに。




「お前、どうしてここに来た?」



怪訝そうに見つめるその瞳には、光は宿っていない。



そんなの当然だ。
彼にとって私は敵なんだから。




そして唯一、自分の本心を見せられる存在でもある。



そう言えば聞こえはいいけれど、実際はそんなに近い関係ではない。



「理由は、何も……」



「じゃあどうして泣いているんだよ」



核心を突かれ、動きが止まる。




嘘でしょう?



自分が泣いていたことなんて、知らなかった。




「……合唱コンクールで、ソロを頼まれて。
もう歌わないって、決めたんです……でも、気持ちが揺れているんですっ……」



口の動きが止められない。



彼にだけは知られたくなかったのに。
言ってはいけなかったのに。



そんな気持ちとは反対に、体は正直なようだ。





「澄恋は、まっすぐだった」



ふいに、天音先輩は口を開く。



え?



いきなり始まったお姉ちゃんの話に、頭が追いつかない。



「いつもその優しさで、俺を包み込んでくれた。
本気で、好きだった……」



空を見上げながらひとり言のように展開されていく言葉。



ひとつひとつに重みがあって、全てを汲み取ろうとしてもわからない。



でも、それらにどんな気持ちが込められているのか、だいたい察しはつく。




「俺だって澄恋に会いたいんだよ!
でも、澄恋が命をかけてでも守ろうとしたのが、お前だ」



その言葉に、ハッと我に返る。



そう、私がお姉ちゃんの命を奪ったも同然。
だからこそ、彼は私を恨んでいる。



それは私だって同じ。
何度後悔しても悔やみきれない。




「……だから、迷ったら澄恋に会いに行け。
きっと望む答えをくれる」



ぶっきらぼうにそれだけ言うと、彼は立ち去ろうとする。



「大丈夫だ。
お前なら、できるから」



そして優しげな目を向けた彼は、もしかしたら全てを知っていたのかもしれない。



私の不安な心の中を、読んでいたのかもしれない。




ねぇ、意味がわからないよ。



前は『許さない』と言って、歌う希望を壊したのに。



今は『お前ならできる』と励ましてくれた。





────天音先輩は、私の味方なの?敵なの?




わからない。
やっぱり彼の心は解けない。



彼はフッと綺麗な笑みをつくって、歩み寄ってくる。



逃げようと構えると。
ポン、と頭に手を置かれた。



思考回路が、切れた。