『俺の大切な人を奪ったお前を、一生許さない』
睨むようにそう言い放った彼の表情は、今まで見た誰よりも冷たかった。
私のお姉ちゃんが選んだ人だ。
本当は誰よりも優しいんだろう。
でも、お姉ちゃんがいない今。
彼の心を照らす存在はないのかもしれない。
────あぁ、私は一生この人からは逃げられない。
彼の大切な人を奪った私は、人殺しだ。
実の家族を死に導いた私に、幸せになる資格なんてない。
『お前は歌い続ける限り、自分の過ちに縛られるんだ』
お姉ちゃんの命を奪ってしまった原因は、私の歌だ。
それなら、私はもう歌わない。
何があっても歌っちゃいけないんだ。
「おね、ちゃ……っ」
気づけば頬には涙が伝っていた。
知らないうちに思い出してしまっていた。
あの消し去りたい過去を。
私の犯してしまった罪を。
もう後ろを振り返ったりしないって誓ったのに。
思い出したら苦しくなるだけだって、わかっていたのに。
当時は自暴自棄になったりもした。
お母さんが私を気にして話しかけてくれても。
『もう、なんなのっ!』
『お母さん、いつもうるさい!
放っておいてよ!』
『テレビもうるさい!
鬱陶しいから消してよっ!』
そう言って自分から突き放していた。
その度に悲しそうだったお母さんの顔を、私は未だに忘れられていない。
いらない。
お姉ちゃんがいないのなら。
歌えないのなら。
もうこの世の全ていらない。
存在する意味なんてない。
そう思うほどに、それらは大切な私の生きがいだった。
だから生きている意味は、見つけられずにいる。
どうしてお姉ちゃんだったんだろう。
お姉ちゃんよりも私の方が、失われて当然の存在に違いないのに。
でも、今の私は違う。
あの日からもう3年以上経っているんだから。
いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
……なんて、踏み出す勇気もない私が決心することでもないけれど。
「……よし」
学校へ行こう。
このまま逃げ続けるのは、負けたみたいで嫌だ。
思い立ったら急いで制服に着替えて、朝ご飯を口に入れる。
鏡に映った自分の顔は、思っていたより悲惨だった。
天音先輩に嫌われるのは構わないけれど。
天国から見ているお姉ちゃんを悲しませるようなことはしたくない。
決して心は明るくない。
それでも学校へ向けて家のドアを開けた。
もちろん仏壇には目もくれていないけれど。
今日こそは、いい日になりますように、と。
心の中で願いながら。
だんだんと日が落ちるのが早くなり、少し肌寒くなる秋。
「……もう1度、お願いします」
今のは私の耳がおかしかったに違いない。
だって、まさか、そんな。
「音中さんに、合唱コンクールでソロを歌ってほしいの!」
そう言って月野さんは近づいてくる。
……いや、うん。
意味がわからない。
文化祭のときは仕方なかったとはいえ、私はもう絶対に歌わないと決めたのに。
「ごめん。
他を当たってくれる?」
想像していたよりも低い声が出てしまった。
しまった、と思って顔を上げると、そこには傷ついた表情をした月野さんがいた。
「あ……うん、ごめんね」
別に他の人になんて思われようと構わない。
私は全てわかってしまったの。
それなのに歌い続けるなんてありえない。
だって、私のせいで天音先輩は─────ピアノを弾けなくなったのに。
私だけ好きなことをするなんて、許されるはずがないんだから。
「どうして」
「え?」
ふと横から声がして振り返ると、そこにいたのは眠そうな顔をした鶴本くんだった。
彼とは文化祭のときに話したきりで、それからはあまり話していない。
そもそも、月野さん以外の女子と話しているところをあまり見かけない。
「音中さん、楽しそうに歌っていたのに」
楽しそうに……?
違うの。
それは何も知らなかった頃の私。
今の私はもう輝けるはずがない。
何をしても楽しいと感じないのに。
「私はもう歌わないって決めたから」
怖いくらいの真顔でそう返答する。
それでも彼は自分のペースを崩さず、変わらず眠そうなまま。
私にとって、歌を歌うことが1番の生きがいだった。
だからこそ、今は歌うと苦しくなるばかりだ。
「なんか、もったいない」
「え……」
どういう意味か、と聞き返そうとしたときには、彼は既にいなかった。
本当に、マイペースで不思議な人だ。
合唱コンクール。
それは、この学校にある伝統行事のひとつで10月に行われる。
合唱曲からアニメソングまで、どんなジャンルの曲でもいいらしい。
金賞、銀賞が学年別に表彰される。
大きなポイントは、どれだけ見ている人の気を惹きつけられるか、ということ。
歌だけでなく踊りをしてもいいそうだ。
ただし、5分以内で1曲限り。
そして、楽器はピアノ以外認められない。
文化祭での私達の出し物であるライブに似ているため、私にお誘いがきたそうだ。
「はぁ……」
憂鬱だ。
どうして私のクラスは何かと音楽関係をやりたがるんだろうか。
私にはそんな行事に没頭する時間がとても苦痛に思える。
曲は、独創性を出すために自分達で作ることになった。
指揮者は、みんなからの大多数の推薦で錦戸くん。
それにはもちろん全会一致。
というか、このクラスをまとめていけるのは彼しかいないと思う。
ピアノの伴奏は、音楽に関してはだいたいできる相川さんだ。
クラスで孤立している雰囲気もあったけれど、文化祭の一件からは馴染めているみたい。
最近では笑顔も見られるから、きっと素晴らしい演奏を披露してくれるはずだ。
そして今日の放課後もまた。
「お願いっ、陽葵ちゃん。
ソロ歌ってくれない?」
月野さんと相川さんがかわいらしい笑みを浮かべて迫ってくる。
どうして、私に頼むんだろう。
他に歌える人ならたくさんいるはずなのに。